そのことは何回かここで書いてきた。基本的には、アジア女性基金をはじめ、これまで取り組まれてきたが頓挫したことの繰り返しであって、結局は破綻することになり、「こんなもので解決しようとした」として、解決に努力した人々への憎悪をふくらませ、日韓関係をさらに深刻化させることにつながりかねないものだ。

 

 ただし、新しい点は1つある。何かというと、設立される財団からの慰謝料を元徴用工が受け取れば、その時点でその徴用工の請求権は消滅する、すなわち日本企業への請求権がなるなるということである。だから、もし、徴用工すべてが受け取れば、問題はすべて解決する。もう裁判に訴えることはできないのだから。

 

 アジア女性基金のときは、別のアプローチをした。たとえおカネを受け取っても、元慰安婦の請求権はなくならず、引き続き日本政府に対して裁判してもいいと基金側は申し出たのだ。

 

 それでも慰安婦側の7割はおカネを受け取らなかった。それなのに、今回、もう権利はなくなると言われて、徴用工側が受け取れるのか。無理だろう。韓国大法院判決にある植民地支配責任は、この法案のどこにも書かれていないわけだし、期待が膨らんだ分、結局、日韓関係がより深刻化して終わりだろう。

 

 ただ、徴用工の支援団体に対して、1つだけ言いたいことがある。それは、今回の法案が成立し、一部の徴用工がそれに応じたとして、それを批判するのは止めてほしいということだ。

 

 アジア女性基金の時も、2015年末の日韓政府合意の時も、受け取る慰安婦がいたのに(後者では7割以上が受け取った)、運動団体がそれを批判し、全否定が韓国の国家方針となってしまった。それにより被害者の身の置き所がなくなった過去を繰り返してはならない。

 

 請求権はあくまで個人のものである。国家が条約を結んだからといって個人の請求権が消滅しないように、当事者が請求権を放棄すると言っているのに、運動団体がそれを否定することはあってはならない。

 

 被害者の権利は(それを放棄することも含め)国家が否定することはできない。同様に、運動団体も否定することはできない。それだと「条約を結べば個人の問題も解決済み」という日本政府の論理とあまり変わらない。ここは心してほしいところである。