ようやく第一章を書き終わりました。3万字程度かな。

 

 第一章では、日韓断絶の現状と背景を議論する上で、日韓がともに認識しておかなければならない事実関係にしぼって整理したつもりです。もちろん、どういうふうに事実を整理するかで、筆者の政治的立場が反映することは避けられないわけですが、できるだけ客観的なものとなるよう努力したつもりです。

 

 本日から第二章。全体は三章構成でして、第三章は、現在の日韓の政治的立場を大きく変えない範囲で、お互いが満足できる解決策を提示し、その条件と可能性を論じることになります。それに先立つ第二章のタイトルは、いまのところ、「韓国が納得する解決のための条件」。以下のような書き出しなんですが、いかがでしょうか。

 

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 「韓国が納得する解決」──。こんなタイトルで解決策を提示すると、おおかたの日本人は驚愕し、本書を手放すかもしれない。実際、私自身の本来の立場を明らかにすると、植民地支配というのは、日本が行ったものであれ欧米のものであれ、当時から人道に反した犯罪であり、やってはいけない違法行為だったという認識が世界中で確立する日が来なければならないというものであって、多くの日本人の立場とはかけ離れている。

 

 けれども一方で、誰よりもその日を真剣に待ち望んでいるからこそ、実現が容易でない(不可能とまでは言いたくないが)ことも理解しているつもりである。少なくとも文在寅大統領がいまのようなやり方を続けている限り、その日が訪れることはないどころか、どんどん遠ざかっていくだけだと思う。日本人は枕を高くして眠っていられるのだ。

 

 では、その枕が蹴飛ばされる時は、どうやったらやって来るのか。欧米と日本が過去の植民地支配は違法だったと認め、謝罪する日は訪れるのか。その条件と可能性を探るのが本章の課題である。

 

1、過去の植民地支配を現代に問えるか

 

 徴用工問題をめぐる韓国大法院判決の論理は、徴用工のおかれた反人道的な状態が「違法な植民地支配」と結びついているから、徴用工を雇っていた日本企業の行為も違法であり、賠償しなければならないというものである。判決文を読んだ人から、「これでは植民地支配時代のどんな行為も違法ということになってしまう」という懸念が聞かれるが、その懸念は現実のものだと感じる。ただいずれにせよそれは、「植民地支配は当時においても違法だった」という論理が通用してのことだ。「植民地支配は当時においても違法だった」のだろうか。(以下、続く)