終活に向かうマダムを乗せたタクシー運転手が、彼女の人生をめぐるパリ横断の旅に巻き込まれていく姿を描いたヒューマンドラマ。とても評判のよいドラマ。

 

いよいよパリオリンピックが開催される。パリに旅行したことはない。そこでタクシーに案内してもらいパリを楽しもうとこの作品を選びました。しかし、パンフレットが手に入らず、タクシーが立ち寄る場所をプロットするのが大変だった。(笑)

 

パリはどんな街なのか。と、軽い気持ちで観始めて、「これ!ミステリーか?」と92歳のマダムの話に惹かれ、笑い、泣かされ、ラストは「賢者の贈り物か!」と幸せな気分になった。女性開放を訴え、楽しかった思い出だけを持ってあの世に旅立つ死生感をも描くという、深い味のあるヒューマンドラマだった

 

監督:「戦場のアリア」のクリスチャン・カリオン、脚本:シリル・ジェリー クリスチャン・カリオン、撮影:ピエール・コットロー、美術:クロエ・カンブルナク、編集:ロイック・ラレマン、音楽:フィリップ・ロンビ。

 

出演者:フランスの国民的シャンソン歌手リーヌ・ルノー、「ミックマック」のダニー・ブーン、アリス・イザーズ、ジェレミー・ラウールト、他。

 

物語は

無愛想なタクシー運転手シャルル(ダニー・ブーン)は、金も休みもなく免停寸前で、人生最大の危機に陥っていた。そんな折、彼は92歳の女性マドレーヌ(リーヌ・ルノー)をパリの反対側まで送ることに。終活に向かうというマドレーヌは、シャルルに次々と寄り道を依頼する。彼女が人生を過ごしたパリの街には多くの秘密が隠されており、寄り道をするたびに、マドレーヌの意外な過去が明らかになる。そしてそのドライブは、いつしか2人の人生を大きく動かしていく。(映画COMより)

 

 

あらすじ&感想

シャルル(48歳)はリース契約の黒いルノー“エスパス”で一日12時間、週休1日、年間地球を3周するタクシー運転手だが生活は苦しく借金だらけ。交通違反続きで残り2ポイントしかない。

 

今日も客に「川べりは走るな」と叱責されながら走り続けていた。そこに兄からの借金返済を求める連絡が入る。

 

そこに、「ちょっと離れているが」と、郊外のブリ=シュル=マヌルから就活施設のあるクルブヴォワのシャヴァンヌ大通りまで直距離約20km、パリを東西に横断する注文が入ってきた。

シャルルは「メーターを止めていい」というので受けた。注文主はマルヌ河岸通り23番地マドレーヌ・ケレール。

 

客は92歳の矍鑠としたマダムだった

脚の骨折でひとり暮らしが無理となり就活施設に入ることになったと言い、立ち去る立派な邸宅を心惜しげに見ていた。

 

マドレーヌの生誕地ヴァンセンヌを走る

マドレーヌから「10分ぐらいの遠回り、長い人生に比べればなんでもない距離」と求められもの。昔の面影はないという街並みを見ながら、マドレーヌは「忘れられないキスだったという1944年の米国兵マットとの初恋(16歳)」を楽しそうに話して聞かせる。そして「ちょっと寄って!」と車を停めた。

 

父親ハシアン・ケレールがナチスによって処刑された場所だった。建物に銘板が貼られていた。 

 

車に戻り、マットの話が続く。マットとの生活は約半年で終り、マットは米国に帰国した。が、マットとの思い出は忘れられないという。お腹の中に男の赤ちゃん・マチューがいた。

 

高速道路を降りてパルマンティエ大通りを走る

スプレンドール劇場でマドレーヌの母親は衣装係だった。「劇場は小宇宙。香水の匂いがする舞台袖は胸躍る空間だった」という。マドレーヌは「マッドがその後結婚してふたりの子の父親になったことを知り、ふたりの関係は終った」と言い、そして「この劇場でレイモンド・アグノと知合い再婚した」という。

 

ボルドー大通り31番地に立ち寄り、ベンチに座って話す

レイモンドと生活した建物は、今では大きなビルが建ち面影はない。マドレーヌが息子マチュー(7歳)を可愛がることにレイモンドが嫉妬しマチューを嫌い、マドレーヌの身体を求める。遂にDVに及ぶようになったという。

 

シャルルが自販機からコーヒーを買ってきて渡し、話の続きを聞きたがる。(笑)

 

車に戻って、                                     

マドレーヌは「レイモンに睡眠薬を飲ませ、眠ったところをバーナーで男のアレを焼いた」という。「殺したのか?」と聞くと「愛していたら殺すが、愛してないから殺さなかった」という。マドレーヌは曲“This is Bitter Earth“を聞きながら「あの時は完全に自分を失っていた」と当時を悔やみながら、流れる去る街の風景を見ていた。

 

シャルルはこの話を聞いて妻カリーヌの悲しい顔を思い出し「ダニエルに話した。(借金は)なんとかする」と電話した。

 

それを聞いたマドレーヌが「あなたの初恋の話を聞きたい!」と言い出す

シャルルは「瞳のきれいな女性で、写真で撮ることで彼女の心を掴んだ」と答えた。すると「ダニエルが誰か?」と聞く。「兄で、医者だ!」と答えると「あなたは醜いアヒルの子か?」と笑い「困っていることは何か」と聞いた。

 

ここでマドレーヌがトイレ休憩を要求。こんなことがあって、ふたりの仲は客と運転手の関係を越えたものになって行った。

 

アルコル橋でタバコを喫いながら、コンシェルジュリーを望む

 

マドレーヌが裁判所を指差しながら、レイモン殺人未遂裁判について語った。裁判所に「マドレーヌに自由を」とデモが仕掛けられ、裁判は非公開で行われた。陪審員は全員男性だった。レイモンが証人として出廷し「暴行は2、3度でよくあること。結婚して5年、事実ならそんなに続きますか?」と証言すると、これで結審だった。25年の禁固刑だったという。

 

シャルルは話しに聞き入り赤信号を見落とした

シャルルは必死に警官に「信号は黄色だった」と訴えたが聞き入れてもらえない。マドレーヌが婦人警官を呼び「心臓病で手術をするの。あの人とは強い絆で結ばれた関係、冷静な運転なんて無理、分かってください」と説得、開放された。(笑)

 

夕暮れになっていた。シャンゼリゼ通りでアイスを買って食べた

マドレーヌは13年の刑期を終えて出所。息子マチューは大学を中退し写真家になっていた。マドレーヌは弁護士になっていると思っていたから失望した。マチューは「あのケレールの息子だぞ」と言い返した。マチューも差別を受けていた。そして戦場写真を撮りにベトナムアムに発ったという。

 

マルシャル=ジュワン広場のレストランで夕食をとった

食事はシャルルが言い出したもの。シャルルは娘ベティや妻カリーヌを話題にしてマドレーヌに家族の気分を味わってもらった。そこに兄から電話が入った。シャルルは「迷惑を掛けない」と答えた。マドレーヌはその様子を見て、シャルルの困っていることを理解した。

 

ふたりは店を出て腕を組んで少し歩き、車で街の夜景を観ながら就活施設に急いだ。

 

施設に着くと、介護士が現れ、マドレーヌを抱えるようにして消えて行った。マドレーヌが支払いを気にしたが「また会いにくる」と手を振って別れた。

 

シャルルは帰宅して妻カリーヌにマドレーヌ・ケレールの話をし、パソコンで検索するとフェミサイト(女性険悪殺人)のアイコンであることが分かった。シャルルはカリーヌに一緒にマドレーヌに会いにいくことを説いた。カトリーヌは「実家を手離しお金を作ることにした。これでもっと素敵な場所を捜そう」と言う。

 

シャルルとカリーヌがマドレーヌの就活施設を訪ねたところ、マドレーヌは亡くなっていた。マドレーヌの墓地を尋ねると、そこでマドレーヌの公証人から彼女の遺書を渡された。そこには「醜いアヒルでいい、旅たちなさい!カリーヌとベティと。邸宅を処分した101万ユーロを贈与する」と書かれていた。カリーヌが「多すぎる!」と声を上げた。(笑)

 

まとめ:

物語の大半は92歳の就活を前にしたマドレーヌ、演じるは94歳のリーヌ・ルノーがタクシーの中で語る物語

リーヌ・ルノーがあまりにも役にハマリ過ぎていた(笑)ナチスに殺された父親に挨拶して、キスをした初恋のマットを思い出して愛おしみ、2度目の夫のDVを語る口っぷりに引き込まれ、その先を聞きたいと思っているところに“あっ”と驚く顛末。その語りが滑らかで、あたりまえだが、声が良い

 

観ている我々と同じように、運転手のシャルルことダニー・ブーンが相槌を打ちながらマドレーヌにその先を聞き出す。そしてマドレーヌに同情し自分が不幸だと思っている心が癒されていく。シャルルの感情が映画を観ている我々と繋がって、物語に没入できる作品だった。だからラストシーンのマドレーヌがシャルルに残した1001万ユーロの遺産に快哉を叫んだ!


裏のテーマが1950年代の女性不平等の社会、そして現在のタクシー運転手の食えない経済問題を取り上げるというちょっぴり視点が良い。

 

マドレーヌは記憶の中で悪いものは全部消して、「あのタクシーの旅は人生最大の幸せな時間だった」と良い思い出だけを持って黄泉の世界に旅立った。

 

美しいパリの街並みがマドレーヌの厳しかった人生の記憶を呼び起こし、就活施設のあるクルブヴォアに近づくにつれ夜間となり、街のイルミネーションがまるで黄泉のへ回廊のようで、美しい映像だった。

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