2022年度製作作品。「ボーダー 二つの世界」(2018)のアリ・アッバシ監督が2000年~2001年イランの聖地マシュハドで起きた16人もの娼婦連続殺人事件に着想を得て作った作品。2022年・第75回カンヌ国際映画祭で女優賞を受賞している

 

デンマーク・ドイツ・スウェーデン・フランス合作作品

 

スヴェーデン映画で“蜘蛛”ということで「蜘蛛の巣を払う女」(2019)を連想して観ることにしたが、全く違っていた。(笑)

 

正義を履き違えた犯人とこれを支援する市民の狂気と恐怖、この狂気を子供による殺人現場の証言で描くラストシーンが衝撃的だった。なぜ正義を取り違えたか、これがテーマだった

 

監督:アリ・アッバシ、脚本:アリ・アッバシ アフシン・カムラン・バーラミ、撮影:ナディーム・カールセン、美術:リナ・ノールドクビスト、編集:ハイデー・サフィヤリ オリビア・ニーアガート=ホルム、音楽:マーティン・ディルコフ。

 

出演者:メフディ・バジェスタニザーラ・アミール・エブラヒミ、アラシュ・アシュティアニ、フォルザン・ジャムシドネジャド、他。

 

物語は

2000年代初頭。イランの聖地マシュハドで、娼婦を標的にした連続殺人事件が発生した。「スパイダー・キラー」と呼ばれる殺人者は「街を浄化する」という声明のもと犯行を繰り返し、住民たちは震撼するが、一部の人々はそんな犯人を英雄視する。真相を追う女性ジャーナリストのラヒミは、事件を覆い隠そうとする不穏な圧力にさらされながらも、危険を顧みず取材にのめり込んでいく。そして遂に犯人の正体にたどりついた彼女は、家族と暮らす平凡な男の心に潜んだ狂気を目の当たりにする。(映画COM)

 

 

あらすじ&感想

冒頭、字幕で「人は避けたいことに出会うものだ!」(イマーム・アリの“雄弁の道より”)と示される言葉から始まる物語。何を暗示するのかよくわからない!

 

娼婦殺人事件が発生

ひとりの娼婦が半裸で化粧して着替え、子供に「朝には戻る」と言い聞かせ商売に出かける。イスラムの国でも大胆な映像が作れるんだと思った。ところが実情はこうではないというのがテーマらしい。

 

TVからアメリカ同時多発テロ事件を告げるニュースが流れるなかで、この売春婦が「あそこを割いてやる」と男に責められる声。“この時代”に “この声”が大切らしい!

この娼婦は街に出て老娼婦に出会い「最悪の気分だ」と薬タバコを吸って、男を拾って車の中で稼いだ。次にバイクの男が金を見せて、「乗れ!」と誘う。誘いに乗ると、アパートに連れ込み首をビジャブ(イスラム教徒の女性が頭や身体を覆う布)で締め、絞殺。男は遺体をバイクに乗せ途中で捨てた。

 

娼婦連続事件取材に、本社記者のラヒミ(ザーラ・アミール・エブラヒミ)がやってきた

娼婦の遺棄死体現場に急ぐ。現地のシャリフィ記者(アラシュ・アシュティアニ)と落ち合った。彼曰く「ひとり殺す度に電話を寄こす特殊なやつだ」と彼から届いた電話メモを見せた。

 

『ある時は明るい犯人だが、ある時は凄い剣幕で「書くな!」と怒る犯人だ。宗教的な話は避けたほうが良い。ここは宗教都市、忖度が必要だ』という。

 

建設現場でコンクリートの壁破砕作業している男サイード(メフディ・バジェスタニ)

仕事帰りに新聞販売店に立ち寄り“9人目の犠牲者!蜘蛛の巣殺の犯人は誰か”の新聞記事を読む。アパートに戻ると妻ファテメ(フォルザン・ジャムシドネジャド)が「父のところに顔を出して欲しい」と伝える。夫婦には息子のアリ(メスバフ・タレブ)と幼い娘がいる。サイードはアリをバイクに乗せイマール・レザー廟を見せる子煩悩な父親だった。

 

ラヒミは警察署で事件担当のロスタミ刑事(シナ・パルヴァーネ)に会い、事件簿の開示を求めた

ロスタミは「単独犯だ、ミスを犯したときに逮捕する。余計な批判をするな!」と拒否し「どこかで会おう!」と言い出す。

 

ラヒミはシャリフィとともの判事を尋ね、事件簿の開示を要求

判事は「ある者は殺人、ある者は違うという。これは殺人ではない!イスラム法を実行しているのだ」という。ラヒミが「売春は死に値しない」と問うと「売春は社会問題だ。困窮しなければ身体を売ることはない。政府が市民を守るべきだ」と言う。判事は「この事件を醜聞に替えたら許さない!」と事件簿の閲覧を断った。

 

ラヒミは「10人を同じ手口で殺し、同じ地域に捨て、まだ見つからないのは誰かが頑張っているから」と考えた。その人はまさに判事だと思った。ラヒミが「娼婦と話してみたいし、自分が囮になる」とシャリフィに告げると、「君は編集長と噂になっているから、その挽回か」と皮肉を言う。ラヒミは「彼のセクハラを訴えて首になった」と応えた。

 

サイードは息子アリを連れて義父のハジ(フィルーズ・アゲリ)を訪ねていた。

ハジは「サイードは戦場の英雄だ」とアリに語る。そしてザイードに「何故軍人会に出てこない!態度が変だ、落ち着きがない」と問う。ザイードは「戦争に行ったが殉教者にはなれず、何者にもなり得ていない」と打ち明けた。ハジは「殉死は神が決めること。しっかり家族を養え!家族サービスでもしろ!」と乗用車を貸した。

 

サイードはハジから借りた車で家庭サービスにとドライブに出かけた。帰りに家族をハジ宅に預けて、「職場に道具を獲りにいく」とオートで出て行った。

 

夜、ラヒミは食堂で娼婦のソグラに出会い、一杯奢った。店を出て歩いているところで、バイクの男につけられが逃げ切った。

 

サイードはソグラをアパートに連れ込み、リンゴを食べさせその隙を狙って首を締め絞殺した

死体を捨てて戻って来たところに、妻のファテメが戻ってきた。彼女は「実家であなたが女性と一緒にいたのを見たというから、子供を置いて、戻ってきた」と言う。(笑)サイードは「好きな女はお前だけだ!」とセックスをした。これをしっかり映像で「時代はここまで来ているんだ」と言わんばかりに描く

 

ラヒミはシャリフィとソグラの遺体検証現場に出掛けた

ラヒミは「まさか!」とソグラを見て吐いた。シャリフィが「事件は底なしの沼だ!危険だから忘れろ」と忠告した。

 

ラヒミがホテルで休んでいることころにシャリフィ刑事が訪ねてきた

シャリフィは「きつい現場をみたろうから、訪ねて来た」と言い、「俺は見かけはタフだが中身は繊細だ、一緒に飯を食べたい」と誘う。ラヒミが断ると、ドアを閉めて「お前は尻軽で新聞社を首になった。淫乱で誰の前でも煙草を喫う」と罵倒した。ラヒミは泣いた!

 

ラヒミは貧民街に住む売春婦ソグラの両親を尋ねた。父親から「犯人は役所に雇われた清掃員だ。広場にいる」と聞き出した。しかし、「街を浄化しているものを警察は捕らえない」という。

 

ラヒミはシャリフィに協力を求め、濃い化粧で街に立った

サイードはデブの娼婦ソマイエを拾ってアパートで絞殺しようとして失敗。ハンマーで殴り殺した。ラヒミは母から「バカなこと止めて!」と言われるが、街に立ち続けた。そこにバイクの男が近付き誘った。

 

これをシャリフィが追った。アパートに入ると男が首を締め始め、ラヒミはナイフで抵抗しトイレに駆け込んだ。ラヒミは警察に逮捕され連行された。

 

検事は警察が犯人サイードを捕らえたことを喜ぶ。しかし、シャリフィは「まだ陰謀がある」と言う

サイードの妻ファテメは息子のアリに「お父さんは腐った女たちを懲らしめただけ!心配はない必ず神が守ってくれる」と教えていた。町の人々はこんな親子を支援してくれる。

 

裁判が始まった

サイードは「道徳の乱れを糺す責任を感じてやった」と主張した。

 

ラヒミは殺害された娼婦ソマイエの両親を訪ね「死刑を望むか?」と聞く。両親は「死んだ者は戻らない」と賠償金を求めた。サイードは「遺族の貧しかにつけ込んでいる」と感じた。

 

ファテメが弁護士にサイードの無罪を訴えた

弁護士は「選挙間近だから、その前に判決する」と言う。ファテメは「夫は大勢の支持者がいて、皆に愛されている」と無罪をお願いする。弁護士は「精神鑑定で無罪にする」と応えた。

 

ファテメの父ハジは「軍人会の仲間が協力する。神の助けで上手く行く」と慰める。ファテメは「なぜ夫は英雄を演じたの?」と聞く。ハジは「嘆願書の署名を集めている。世間は無罪で判事が死刑の判決など出せない」と説得した。

 

法廷でサイードは判事から「戦争の最前線で623日も闘いトラウマになり、その前から精神疾患があった。この論旨を支持するか」と問われた。弁護士も医療記録があると証言した。これにサイードは「俺は異常だ!イマーム・レザーに憑りつかれている。街の浄化だ。この狂気のどこが悪い」と反論した。ファテメはあっと声を上げた。

 

ファテメが留置場のサイードに面会した

ファテメが「弁護士の言うことを何故聞かないの」と責めた。サイードは「当たり前だ!俺は正常だ、支持者が狂人の味方をするか?」と反論。「支持者って誰れ?」と聞く。「ここや街の連中だ」という。この答えに泣くファテメに「息子のアリを呼べ」と指示した。

 

サイードはアルを呼び寄せ「父さんは無実だ!神のためにやった。子供には早いが殺し方を教える」と売春婦を家に連れてきて首を締める」過程を具体的に教えた

 

ラヒミはサイードのアパートを尋ねファテメを取材した

フェテメは「夫は使命を果たした。街の浄化が使命だった。前線で戦った殉教者の血筋を引く者はあんな女性を放っておけない!」と話した。ファテメはこのあとアリから話を聞いた。

 

サイードに「死刑」の判決が下った

「サイードは無実だ!」と叫ぶ市民デモの声が響く中での判決に、フェテメは「すぐに日常に戻れる」と安堵した。

 

ラヒミは独房のサイードに面会した

サイードは「仕事が残っている。聖堂付近には少なくとも200名の娼婦がいる。俺は終ってない、俺には民衆がついている」と言う。

 

最終判決が言い渡された

「16人の殺人、恐怖で公共の安全を犯した罪で12回の死刑。4人の遺族に賠償金を払う。加えて14年間の禁固刑と鞭打ち刑100回」と下された。

 

サイードの独房に義父のハジとハガニー検事が訪れ「死刑執行の日、中庭を通って車のところに行け、そしてシャバへ直行だ」と言い渡した。ハガニー検事は「厳しく責めてすまんかった。演技だった」と謝った。

 

ラヒミとシャリフィが立会人として訪れている中での刑の執行。

サイードがそのまま通り過ぎようとするのでラヒミが「鞭打ち100は?」と問うとハンガー検事が「執行にミスがあった」とサイードを鞭打ち部屋に連れて行き鞭打った(芝居)。部屋から出て来てハンガー検事が「遺体は後で見せる」と言い、サイードは死刑執行室に連れて行かれた。サイードは車が来ると思っていたがそうではなかった。サイードは無理矢理に死刑台に乗せられ首を吊られ足場が外された

 

サイードの死刑執行を終え本社に戻るバスの中で、アリから話を聞いたときの映像を見ていた。アリが幼い妹を娼婦として絞め殺す証言映像だった。

 

まとめ

犯人サイードの法廷での言い分には驚いた!完全に狂っているが、これが通用する社会がまだ存在していたとは

 

イランのマシュハド市は首都テヘランに次ぐ同国第2の大都市で、イスラム教シーア派の聖廟に多数の信徒が訪れる巡礼地だ。イスラム教聖地だからこそ生まれた物語だった。サイード・ハナイひとりに課せられない罪だった

 

ラヒミの犯人捜し

警察、判事、マスコミ、売春婦に当たっても犯人像が明かされない。遂に自分が娼婦に成りすまし、犯人サイードを挙げた。これが事件解決の糸口となった

 

犯人逮捕が出来ない原因はイラン社会に深く根付く女性蔑視の風潮だった。時代に無関心だった市民たちの罪だ!「関心領域」(2023)に似たところがある。これがメッセージだった。

 

この風潮を子供による殺人現場の証言で描くラストシーンが衝撃的だった

 

死刑判決が出た後、果たしてそうなるかと、二転三転する物語の面白さ。そして最終結末。あっと言わされるその種明かしのラストシーン“子供はすべてを知っていた”。宗教問題が絡む作品を見事なエンターテインメント作品に仕上がっていた

 

イラン国内での制作は許されなかったようだが、イラン生まれの監督だから撮れた作品。監督の勇気を称えたい。

 

主演のザーラ・アミール・エブラヒミ。編集長のセクハラを訴えたことでこの事件を取材する記者役。実際にスキャンダルでイラクを追われた彼女生き様が役に重なっていることを知って、彼女のリベンジのような作品だと驚いた。

 

メフディ・バジェスタニの演技犯人がサイードだということは早い段階で明かされるが、弱弱しい感じで極悪犯人には見えない。物語が進むにうれて、強い宗教心によるものだと分かる演技がすばらしい

 

クライム・ミステリーというよりイランの社会を描いたような作品だった

           ****