「愛しのアイリーン」「BLUE/ブルー」「空白」「神は見返りを求める」とほぼ毎年立て続けに問題作を提供してくれる吉田恵輔監督作品ということで、楽しみにしていた。「メリちん」(2006)から見ているが、凄い作品を作る監督になったという感慨が真っ先にくる作品だった。

 

どの作品にも徹底しているのは、人間描写のリアルさ緻密さだ人間の心に巣食っているおかしみやいやらしさ、悲観、欲望、羨望を見せつける。それが観る人に刺さり、人生を考えさせてくれる。今回のテーマは「辛いことや耐えられないことがあったとき、人はいかに折り合いをつけるかだった。「ドライブ・マイ・カー」への挑戦だ!

 

今回もそうだった!絶望の中にあっても決して泣くことのない主人公の夫がラストで泣く。このことに、人は何のために生きているかが分かると思った

 

監督・脚本:吉田恵輔、撮影:志田貴之、編集:下田悠、音楽:世武裕子。

 

出演者:石原さとみ青木崇高、森優作、中村倫也、他。

 

物語は、

森下沙織里(石原さとみ)の娘・美羽が突然いなくなった。懸命な捜索も虚しく3カ月が過ぎ、沙織里は世間の関心が薄れていくことに焦りを感じていた。夫の豊(青木崇高)とは事件に対する温度差からケンカが絶えず、唯一取材を続けてくれる地元テレビ局の記者・砂田(中村倫也)を頼る日々。

 

そんな中、沙織里が娘の失踪時にアイドルのライブに行っていたことが知られ、ネット上で育児放棄だと誹謗中傷の標的になってしまう。世間の好奇の目にさらされ続けたことで沙織里の言動は次第に過剰になり、いつしかメディアが求める“悲劇の母”を演じるように。一方、砂田は視聴率獲得を狙う局上層部の意向により、沙織里や彼女の弟・圭吾(森優作)に対する世間の関心を煽るような取材を命じられてしまう。(映画COMより)

 

幼女失踪事件に絡む両親の苦闘を軸に、TVやSNSなど現代の情報社会の問題を絡めた壮大な物語になっているこれがまるでドキュメンタリー映画のようにテンポよく描かれ、登場人物の誰かに心が刺さる。そして張り裂けるほどの絶望の中で生きる力を見出だす。観てよかったと思える瞬間だ!

 

 

あらすじ&感想(ねたばれあり:注意)

事件から3か月が経過した。森下夫婦が沼津駅でボランティアの支援を受けて娘の目撃情報収集ビラを配っているシーンから物語が始まる。

 

冒頭シーンから、石川さんのこれまで見たことのない壊れた表情を観る

 

 

3か月経つと世間の関心も希薄になる。そんな中で地元TV局のクルーがこの状況を映像に納めていた。記者の砂田(中村倫也)、カメラマンの不破(細川 岳)、新米記者の三谷杏(小野花梨)だった。

 

砂田記者はこのニュースに色を付けるため、沙織里に弟・土居圭吾の取材を求めた

圭吾(森優作)はミキサー車の運転手で美羽の最期の姿を見たとされ、警察の聴取を終えていたが、ネットで??と話題になっていた。

沙織里は実の弟を犯罪者にするかもしれないのに圭吾のアパートに出向き説得、取材を受けさせた。沙織里の苦渋の選択で、彼女は精神的に追いこまれていた!

 

砂田は「圭吾が警察で一度は不審の白い車を見たと証言し、これを取り消した」ことを取りあげ、そのときの心境を問い質した。圭吾の回答は曖昧で、圭吾の風体があやしげだから、TVを観る人には悪い印象を残す。森優作さんの演技、雰囲気が凄い!

 

沙織は事件時アイドルのライブに参加していた。

このことでSNSに「育児放棄の母親、自業自得だ!」と書かれ、意気消沈、怒りを夫にぶつける。夫の豊は「便所の落書きだ!」と無視を勧めるが、沙織里のこの行動は止まらない、むしろ嵌っていく。今の世の中、これが1番の苦痛となり彼女を狂わしていった。

 

豊は沙織里の気持ちに寄り添う大人の対応に努める出来た夫だ。青木さんの感情を抑えた演技が光る。石川さんよりこちらの演技に惹かれた。

 

TVで“3カ月後の森下美和失踪事件”が放送された

 

「豊さんが異変に気付いたのは午後7時。警察に被害届を出したのは沙織里さんが帰宅した10時だった」と放送された。沙織の写真にライブ参加のものが使われていた。

 

放送を見た沙織里は「砂田に協力しても美羽に関する情報はなにもない。協力は放送のネタ提供でしかない」と砂田に激しく抗議した。

 

圭吾は幼児誘拐犯として街の不良の餌食にされ、会社から仕事を取りあげられた

 

この状態で、DMによる「蒲郡で美羽を見た」という情報が送られてきた

豊は「まさか?」と思ったが、狂気の妻にはこれしかないと従った。発見者は会えないと伝えてきた。心無い、いい加減な情報だった。これが又、沙織里を追い込んでいく。沙織里はホテルで出会った少女を「美羽!」と叫び駆け寄る幻覚を見るようになった。

 

地方局ではなんとかキー局を出し抜きたいという想いがある。記者はこれで出世できるチャンスだ

 

再度、砂田に圭吾取材の指令が出たが・・

砂田には同僚の駒井記者が市長の息子のスキャンダルをスプープしたことが、本人はそうでないと言うが、負い目になっていた。

そこに「圭吾が美羽と別れ家に居たというのは間違いで夜中、車で帰ってきたのを見た」という情報は局に入った。砂田は圭吾のアパートを尋ね、取材を申し込むが断られる。そこで不破から出たのが「詩織里たちの苦しみに寄り添う」という案だった。沙織は砂田に「なんでもするから撮って!」と懇願した

 

砂田は悲しみの沙織里を撮ることで世間に捜査協力を訴えることにした。

沙織里の希望を受けて美羽の7歳の誕生日をSNSを見て悲しみの中で迎える映像を撮ることにしたが、その日に他の取材予定があり、1週間前倒しで撮った。いわゆるやらせだ!豊はここまでやるかと非難したが、沙織は「砂田さんの言う通りにすれば美羽は見つかる」と応じた。

そして沙織は砂田の圭吾取材に協力した

沙織は圭吾を事件現場の公園に連れ出し、激しい言葉で強引に取材を受けさせた。もう完全に狂っているとしか思えない。砂田は沙織里を引かせ、ふたりになり、「夜中にアパートに帰ってきた?その訳?」を聞き糺した。圭吾が「賭けのスロット」と告白した。砂田は唖然とした。圭吾の告白をそのまま記事にできるか?

チーフの目黒は「子供を車に残してパチンコする親もいる。そういう無責任な大人の行動で子供が危険になる視点で映像にしたらいい」と言う。「報道ニュースでない」と砂田は「半年先にして欲しい」と頭を下げた。

 

砂田は別の視点で事件を追おうとして沙織里のアパートを訪ねていた。そこに「美羽が見つかった!」というメールが来た。

沙織里は喜々として警察署に出向く。豊と砂田がこれを追った。沙織里は警察署の階段を勢いよく駆け上り村岡刑事に会った。刑事は「いたずらだ!ホームページに携帯番号載せるな!」と注意した。沙織里は呆然自失、失禁した。これを豊が支えた!

 

沙織里はラインで圭吾に「2度と顔見せるな!死ね!」と送った。圭吾は賭けスロットに誘われた仲間の木村(サトウシンスケ)と飲み屋にいた。圭吾は木村を守るために嘘ついていた。砂田の一線を越えた取材こそ批判されるべきだ。

 

彼女はミカンの収穫作業も心ここにあらずで、ミカンの選別もできない、自分の心を失った。

 

これから2年後

沙織里と豊は駅前で美羽捜索のビラ配りを続けていた。ボランティアの支援、ビラ印刷の経費支援も細くなってくる。そんな中で豊は勤め先の漁業組合に気兼ねしながら、印刷屋には印刷部数を押さえてもらうなど、沙織里の捜索活動を支えていた。

 

そんな状況の中で、小学2年生の宇野さくら誘拐事件が発生

TVが「午後7時ごろ沼津駅付近で行方不明」と報じた。沙織里は美羽もこの事件に関係していると村岡刑事を訪ねた。また、砂田記者をも尋ねた。村岡は「関係は薄い」と、砂田は「ゼロではない」と言った。

 

沙織里と豊は宇野さくらの捜索ビラを配るボランティア活動に参加した

ビラの余白に美羽の捜索もお願いした。小野さくらの誘拐犯人は元カノと報道された。この報道に沙織は「よかった!」と声を上げた

 

豊は「お前、凄いぞ!」と妻の変化を喜んだ

 

沙織里はボランティアとして学童の交通整理に参加することにした

 

沙織里はミカン収穫作業でミカンに差す光を感じるようになった。この映像は、実際に自分を失った者にでないと分からない感覚かもしれない!

 

圭吾が白い車の男をつけ、不法侵入するという事件を起こした

圭吾は警察に逮捕されたが、不起訴で釈放されることになった。沙織里が迎えに行った。圭吾は「昔、悪戯された男だと思って後をつけ捕まった」と話し、「美羽には悪いことをした、あのときスロット博打でいなかった」と泣いて謝った。沙織里は「バカ者!」と怒ったが、とめどなく泣いた!姉弟の感情が戻っていた。

 

沙織里は虹色の光が当たる美羽が壁に残した落書きに手を添えていた

 

豊はネットで沙織里を誹謗中傷したデーターを持って弁護士を尋ね、法で訴えることにした。

 

沙織里と豊は駅前で美羽捜索のビラ配りをしていた。そこに小野親子が訪ねてきて「手伝いたい!」と申し出た。豊はさくらちゃんを見て「よく生きていた!」と泣き出した。「人の幸せを願う人。この人なら世界を変えられる力のある」と思わせてくれる。この優しさが今の世には欠けている。

 

豊が訴えた「ネット誹謗中傷」が認められたというニュースの中で、沙織里は学童たちを見守る活動をしていた。

 

まとめ

作品の大部で娘・美羽を失った沙織が絶望で自分を失って行く様が、TVの報道の在り方とSNSによる誹謗中傷で描かれた

 

他人への無関心と不寛容の世情にあって、この作品の意義があると思う

 

一見、面白さはないように思えるが、文章にはならない細かいエピソードやロケ地、映像が沢山あって、決して飽きることはない。ワークショップで選んだ俳優さんたちの大活躍で、脚本にない描き方に、こういう見せ方もあるかと面白かった。

 

2年後、沙織里が光を取り戻す話あっさりと描かれたが、自分を失うほどの絶望を味わった人なら納得のいくものだった。絵の作り方が上手いと思った。

 

この難役を石原さとみさんが渾身の力で演じて見せてくれました

TVでは見たことのない石原さんだったが、宣伝が効きすぎていて、ちょっと不自然さを感じるところもあった。(笑)

 

これに反して夫の豊を演じた青木崇高さん、沙織里の弟・圭吾を演じた森優作さんの演技が柔らかく自然で、私的にはこちらの方に強く惹かれた。ということで、青木さんのラストシーンの涙に「この人なら世界を変えられる」「人生は生きることに意味がある」と思った。

 

吉田恵輔監督の作品総集編という感じで、監督の作風がしっかり出た作品だった

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