「淵に立つ」(2016)「よこがお」(2019)の深田晃司監督作品。矢野顕子さんのアルバム「LOVE LIFE」(1991)に収録された同名楽曲をモチーフに、「愛」と「人生」に向き合う夫婦の物語を描いたもの。ベネチア国際映画祭(2022)コンペティション部門作品。
劇場で観ましたが、改めてWOWOWで観てよく理解できていなかったなと、所見を書き換えることにしました。
夫婦の交差する愛がサスペンスフルに描かれ、ヒリヒリする思いで観ましたが、その結末に「愛とはこういうもの、忍耐がいる」と唸った!(笑)
監督・脚本:深田晃司、撮影:山本英夫、美術:渡辺大智、編集:シルビー・ラージェ 深田晃司、音楽:オリビエ・ゴワナール、主題歌:矢野顕子。
出演者:木村文乃、永山絢斗、砂田アトム、山崎紘菜、嶋田鉄太、神野三鈴、鈴田口トモロヲ、他。
物語は、
再婚した夫・二郎(永山絢)と愛する息子の敬太(嶋田鉄太)と、日々の小さな問題を抱えながらも、かけがえのない時間を過ごしていた妙子(木村文乃)。しかし、再婚して1年が経とうとしたある日、夫婦は悲しい出来事に襲われる。そして、悲しみに沈む妙子の前に、失踪した前の夫であり敬太の父親でもあるパク(砂田アトム)が戻ってくる。再会を機に、ろう者であるパクの身の回りの世話をするようになる妙子。一方の二郎も、以前つきあっていた女性の山崎(山崎紘菜)と会っていた。悲しみの先に妙子が見つけた愛とは?人生とは・・。(映画COMより)
家族の物語。主として夫婦の目線で描かれる。
前段、二郎の父親・誠(田口トモロヲ)の誕生祝いを軸に淡々と描かれる人間関係・想いが、敬太の死を境にしてどう変化していくか。
機微な会話の中に、どのような気持ちで喋り、相手はどう解釈するかとこれを追う。この作品の醍醐味は会話だ。
“人生、不可思議なことが多い”。これを描くためにオセロ、天気、水、音楽の使い、特に手話を言語として取り入れ、二郎、パク、妙子の三角関係がミステリアスに描かれる。
あらすじと感想:
二郎と妙子夫婦。二郎は福祉課の主任、妙子は福祉課の市民相談センター職員。二郎は同じ課の若い女性・山崎と付き合っていたが、妙子の生活弱者に対する献身的な勤務に惚れ一緒になった。しかし、妙子は山崎の存在に気付き、この結婚に拘りがある。山崎は二郎の父親(田口トモロヲ)が厚生部長で部下から嫌われ者であることが気になった。
二郎は両親の承諾が得られず妙子と入籍していない。妙子にはオセロ好きの6歳の息子がいる。今だ、二郎には懐いていない。
ふたりは父の誕生会を祝うことにした。
二郎は妙子との結婚を何とか両親に理解してもらうために、部下にお願いしてアパートの外からプラカードで誕生祝いにメッセージを送ることにし、料理を一切引き受けて準備をしていた。妻の妙子は啓大とオセロゲームにつき合っていた。
二郎たちのアパートの向かいのアパートに住む誠と妻の明恵(神野三鈴)がやってきた。誠が絵本を二郎が飛行機のおもちゃをプレゼントした。敬太は絵本を喜ばなかった。
明恵が夫のご機嫌を取るように釣りの話を出し、「妙子さんは二郎の釣りにつき合っている」と言うと二郎が「海吊りにも行く、浮は中古だけど」と合図鎚を打った。これに父の誠が「中古でも良い物と悪い物がある」と喋った。妙子が興奮して「中古とは何ですか?取り消してください!」と食い下がった。明恵が仲介して収まったが「早く孫を抱かせて!」と付き加えた。
言葉の行き違い、言葉が凶器になる。夫婦の間にいやな感情が走ったが、妙子が二郎に謝った。
誕生会の開始。二郎の合図で職員一同からの「おめでとう」のプラカードがアパートの広場に掲げられ、これを見た誠は大満足で飲んでカラオケマイクを離さなかった。アパートの部屋は職員やボランティア仲間で溢れ、啓大は遊ぶ場所がなく水を張った風呂場で二郎がプレゼント飛行機で遊んでいていた。
敬太が水を張った風呂に落ち亡くなった。
発見したのは妙子だった。警察の検視し「溺死」と判定され、遺体を引き取ることになった。妙子が「アパートにつれて帰りたい」と言うと義母の明恵が「斎場にして。あの部屋はわたしたちの思い出の部屋だから(穢れる)!」と反対した。誠のとりなしで明恵は自分たちのアパートに戻ったが、妙子は辛かったと思う。
お通夜の席で義母の明恵が「誰も悪くない!」と妙子を慰めたが、妙子は「自分が風呂水を抜かなかったのが原因」と自責の念に苛まれていた。
葬儀によれよれ服の前夫・パクがやってきた。
パクは啓大の棺を覗き激しく泣き、妙子を見つけてぶん殴った。二郎が止めた。聾の男だった。妙子は激しく泣いた。
葬儀が終わり、妙子は仲間とホームレスたちへの見回りに出た。
仲間と別れ、ひとり公園のベンチで休むパクに会った。パクが「結婚おめでとう」と言う。「何故逃げた?」と聞くと「上手く伝えられない」と手話で話す。
妙子はパクが残して出て行ったパスポートと韓国の家族からの手紙を渡し「私は許せない、もう会わない!」と別れた。
パクが福祉課に生活保護申請にやってきた。
韓国人で手話でしか話ないということで、妙子に通訳の役目が回ってきた。二郎は「どんな気持ちか分からないが、しっかり面倒を見てやれ!」という。妙子はパクが電気器具の中古品販売店で働き自立できるよう面倒を見ていた。
義父母が田舎に引っ越すことになった。
引っ越しの手伝い。義父が「部屋が売れるかどうかわからん、電気と水道は残しておくから使っていい」と言う。
夜、明恵は妙子をアパートに呼んで風呂に入るよう勧めた。ベランダに出て、ふたりはタバコを吸いながら話した。明恵が「敬太が突然亡くなって神もあてにならない、死ぬのが怖い」と言う。妙子が「お義父さんや二郎さんが居るのに」と聞くと、「居たってひとり。今すぐ死ぬわけではないから」と言う。
二郎は父母の手伝いで田の舎引っ越し先にいた。
二郎はついでにと仕事を休んでいる山崎を見舞った。そんなときでも、地震が発生、妙子が地に震怯えているところに二郎から安否確認の電話が入る。傍に山崎がいた。山崎は「振られ悲しい思いをしたが今は恨んでない。しかし、妙子さんの顔を見ると腹が立ち、あなたたちがめちゃめちゃになればいいと願っていたら、こんなことになった」と泣く。二郎はそっと抱いてキスした。すると「こんな時でも、あなたは目を見て話さない!」と言う。
妙子は義父母が出て行ったアパートに「ここに住んでいい!」とパクを連れてきた。パクは猫を連れて来てとても喜んだ。翌日、妙子はパクを自分たちのアパートにつれてきた。パクは啓大の位牌を丁寧に拝んだ。妙子は「あなたにしか出来ない、協力して!」とパクを風呂場に誘い、自分が風呂を使うのを監視させた。妙子はこれまで入れなかった風呂に入り顔を沈めた。鏡を通してパクに「あなたは葬儀で涙を出して泣き、悔しさで私をぶん殴った。理不尽だったが誰かが怒るべきだった。皆は敬太にいない世界に慣れようとした。あなたは違った、怒ってくれた」と話した(韓国手話)。パクは与えられた部屋に戻ってひとり手話で感謝して眠った。
具父母も夫二郎の涙を出さなかった。これを妙子は敬太に対する愛がなかったと見ていた。
二郎は父母の引っ越し作業が終って自分のアパートに戻った。
部屋に妙子が居ない。父母が居たアパートのCD版の反射光が眩しく、そちらを見ると、妙子とパクがベランダで洗濯ものを干しながらふざけていた。
二郎が急いで父母が居たアパートに来ると、パクはひとりで洗濯ものを整理していた。妙子の姿はなかった。二郎はパクと話したいが通じない。諦めて、別の部屋で「パクさんあなたはずるい。4年も捨てておいて帰ってくる。妙子が必死に探すのを見ていた。俺は葬式で泣けなかった、悲しくなかったわけではない。妙子が泣くのを見て、早く子供を作りたいと思っていたからだ」と独り言ちた。パクは二郎の気配で部屋を出ようと準備していた。猫が逃げ出したが気付かなかった。
敬太の死の受け取り方に、二朗と妙子は大きく異なっていた。
そこに妙子が戻ってきた。
パクが猫がいないと騒ぎ出す。三人で団地内を猫を探して走った。探し出したのは二郎だった。「猫は飼ってもらいたい人を知っている」とパクが猫を二郎に渡した(妙子と同じだ!)。(笑)
そこに郵便配達員がパクへの転送手紙を渡した。「父危篤く」という。パクは「釜山に帰りたいから、金を貸してくれ!」と手話で話す。
二郎と妙子が車でパクを釜山行きフェリー泊港まで送っていくことにした。
妙子が「パクは弱い人だから心配、ついていく」と言い出す。二郎が「やめとけ!」と促すと「結婚する直前に、あなたと啓大と一緒に公園で遊んでいたときパクを見つけていた。だから私はあなたを一度捨てていた!」という。二郎が「違う!先に君や敬太を捨てていたのはパクだ」と言い返した。
パクが「(二郎に)君は啓大のこと忘れていいが、妙子は啓大を忘れてはダメだ」と手話して車を降り、乗船場に向かった。これを妙子が車を降りてパクを追う。二郎は「車に乗れ!帰ろう!」と車をバックさせながら妙子を呼び戻するが、妙子は聞く耳を持たなかった。混雑する乗船場で、妙子は手話で「一緒に行く!」とパクに伝えた。
釜山のパクと妙子は“結婚式場”に急ぐ車に拾われた。
妙子は「結婚式」と聞いて驚いた。パクは「嘘ついていた、前の嫁の息子の結婚式だ」と謝った。(笑)式場ではパクの息子が待っていた。息子が「父を連れてきてありがとうございます、母は父を認めていません」と挨拶した。OPPA、OPPAと叫びながら結婚式を祝う。
パクが皆と一緒に式場に消え、妙子は雨の中に取り残され、ただただ放心状態だった。妙子は自分のアパートに戻ることにした。
妙子は韓国から元のアパート戻った。
アパートには、CDの反射光が舞い、オセロが机の上に、猫が出てきて、敬太のゲーム機に触り、何にも今までとは変わりのない世界だった。妙子は啓大の対戦相手に敬太が亡くなったことを伝え、オンラインゲームを切った。そこに買い物していた二郎が戻ってきた。
まとめ:
釜山から戻った妙子が見つけた愛は「どんなに離れていても愛することができる(歌詞)」という敬太への愛。そして二郎には、人生で全てを失って知った「この世界は愛に満ちている」というこれまで見出せなかった愛「もう何も欲しがりませんから、そこに居てね。微笑みくれなくてもいい、でも生きていてね!(歌詞)」ではなかったかと。
まるでオセロゲームの黒が白に変わるように愛の見方で世界は変わっていく。
妙子役の木村文乃さん。大きく感情がぶれる、ちょっと理解しづらい感情をしかり演じました。パクの息子の結婚式で、私は全てを失ったと佇む無力感がよく出ていた。
二郎役の永山絢斗さん。感情を出さないがしっかりした妙子への愛情を持っていて、妙子に振り回されながらこれを貫いていく、後段での聞こえないパクに思わず漏らす言葉、埠頭で車をバックさせながら妙子を説得する演技に二郎の心情が溢れていていい演技だった。
圧巻はパク役の砂田アトムさん。手話を巧みに使って、とてもいい人に見えるがとんでもない曲者だったという、聾というハンディを感じさせない怪演が素晴らしかった。
会話の行き違いが夜の闇や室内の光の揺らぎ、CDの反射光で暗示され、観ていてふたりの先行きに不安と恐怖を感じる。愛という心理の揺れの怖さ。これを乗り終えてこそ本当の愛だ!これまでの監督作品とは違って、円熟味のある結末になっていた。
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