監督が「ケイコ目を澄ませて」(2022)の三宅唱さん。タイトルの“すべて”とは何か。これで観ることにしました。

 

主人公はPMS(月経前症候群)を抱える女性とパニック障害に苦しむ青年が出会い、生きる道を見出す物語前作の障害者ボクサーの生き様を上回るこの設定に度肝を抜かれた。

 

穏やかで優しさに溢れた映像で描かれる宇宙規模の話だった。(笑)

 

原作:「そして、バトンは渡された」の瀬尾まいこ、未読です。監督;三宅昌唱、脚本:和田清人 三宅唱、撮影:月永雄太、編集:大川景子、音楽:Hi'Spec。

 

出演者:松村北斗、上白石萌音光石研、渋川清彦、芋生悠藤間爽子、久保田磨希、他。

 

物語は

PMSのせいで月に1度イライラを抑えられなくなる藤沢美沙(上白石萌音)は、会社の同僚・山添孝俊(松村北斗)のある行動がきっかけで怒りを爆発させてしまう。

転職してきたばかりなのにやる気がなさそうに見える山添だったが、そんな彼もまた、パニック障害を抱え生きがいも気力も失っていた。

職場の人たちの理解に支えられながら過ごす中で、美沙と山添の間には、恋人でも友達でもない同志のような特別な感情が芽生えはじめる。やがて2人は、自分の症状は改善されなくても相手を助けることはできるのではないかと考えるようになる。(映画COMより)

 

 

あらすじ&感想(ねたばれあり:注意)

物語は美沙のPMSの悩みから始まる

高校生の美沙。通学時発作が起きて警察に保護され、母親(りょう)によって連れ戻される。その症状はイライラして攻撃的になり、下腹部痛や頭痛等があるらしい。対処法は医者のカウンセリングや生活指導、薬の内服。上白石萌音さんが症状を上手く演じてくれる。暴れ方がちょっと怖い!

 

美沙が大学を卒業し、化学メーカーに勤めるが、薬で眠くなり大失態。周りの社員も素気ない状況で退職せざるを得なかった。

 

問題を抱える人に理解がある社長(光石研)の栗田科学、小学校の科学工作セットの開発・製造する会社に再就職した。症状が出ると周りの社員が上手く対応してくれる。美沙はこれに応えるよう何気なくお菓子を渡し感謝の気持ちを表す。

 

5年後、山添が転職で入社してきた

 

山添はコンサルティング会社に勤めていたがパニック障害のため課長・辻本(渋川清彦)と栗田社長が昵懇の仲であることからこの会社に引き取ってもらった。

 

辻本と栗田社長は自死家族会の会員だった。辻本は姉の自死、栗田は弟の自死でこの会に参加しお互いに慰め、救いを求めていた。ふたりが人を大切にするのは身内の自死に対する贖罪の気持ちだった。

 

パニック障害は電車や車、飲食店、美容室など逃げ場がない場所で起きる。山添が電車、車に乗れない。苦痛、不安、恐怖などが突然襲われ短時間で回復する。対処法はカウンセリング、薬の内服、暴露療法がある。パニックの状況を松村北斗さんがうまく演じてくれる。彼は薬の内服のほか、辻本に言われた歯磨と炭酸水を飲むことでコントロールしている。

 

美沙は山添が飲む炭酸水の缶を開ける音、臭いに文句をつけて発作を起こした

副社長の住川(久保田磨希)、ベテラン営業マンの平西(足立智充)に介助されてその場を去ったが山添は驚いた。

 

美沙がひとりで昼食を食べている山際に迷惑を掛けたとクリーム菓子を渡すと「嫌いだ」と受け取らない。次に甘みを控えた菓子を渡すと「クリームは嫌いなんだ」と言い受け取った。

 

そんなある日、山添がパニックった。

美沙は化粧室で山添が落とした薬を拾い、水と一緒に山添に渡した。社長が部屋から連れ出してパニックは収まった。社長の指示で美沙が山添を彼のアパートに送っていった。「何で俺に薬を!」と山際は聞く。「同じ薬だから」と答えた。ふたりはなんとなく同志だという気分になった。

 

美沙は通勤が大変だろうと休暇中の山添に自転車を譲ろうと訪れると、髪を切るところだった。美沙が替って切った。とんでもない切方にふたり大笑いした。

 

これを契機にふたりは助け、助けられる関係になっていった

 

山添は医師からPMS関連本を借りて勉強し、美沙の状態が危ないと察知し外に連れ出し、お茶を買ってきて与えるようになった。

 

小学生のリポーターが会社を紹介したいとインタビューに訪れた

リポーターは日本人の女の子に黒人の男の子。この組み合わせは珍しい。他作品で見たことがない!男の子は副社長・住川の子。彼女は米国人と結婚したが離婚、息子とふたり暮らしで住川も問題を抱えている。しかし、朗らかだ!これもこの作品の狙い!

 

リポーターが「目標を聞かせてください」と質問。社長は「会社を潰さないこと」(笑)、副社長は「業務を標準化すること」、美沙が「ない」と答えると「プラネタリウムの解説でしょう」と聞かれ、「私です」と答えた。(笑)

 

美沙は度々食品を届けてくれるが、今はパーキンソン病で入院中の母を見舞った。赤い手袋をプレゼントしてくれた。

 

新年。美沙が山添のアパートに挨拶に逝くと、山添の恋人・大島千尋(芋生悠)に出会った。千尋は「あなたのような人がいてよかった」と言い去って行った。このあと千尋なロンドンに転勤し山添とは切れたようだ。

 

山添は正月休みを辻本と辻本の亡くなった姉の子と一緒に過ごした。辻本は「仕事に戻れるようにする」と力づけていた。

 

山添えがプラネタリウムの勉強を始めた。美沙に「この本読んで」と「POWERS OF TEN」(宇宙・人間・素粒子を巡る大きな旅)を渡した・

 

美沙は山添のアパートで、山添が2年前ラーメン店でパニックになった話や天体の話をした。たわいもない話の中で、「男女の関係が成立するかとよく話題にする人がいるが自分はお互いに助けられる関係だと思っている、君を観察しておれば、俺は君を助けられる」という。美沙は「私の生理を知っているということ。気持ちが悪い!」と言い、帰っていった。自分でコントロールできない心の病を抱えるふたりにとっては生きるためにどうするかが先決だ。ここでの松村さんと上白石さんのさらっとした演技がいい。

 

山添が自転車で走る姿に当たる光が明るくなってきた。医者もこれを認める。

 

山添はプラネタリウムのナレーション作成のため、社長と一緒に倉庫にある社長の弟・康夫の研究記録を捜した。康夫が過労死で亡くなり、栗田がこのことに気付かなかったことで苦しんでいることを知った。康夫のキャラクターも然り、作品に登場するキャラクター設定が緻密に設計されているのが特色だ

 

資料には天体観測記録、プラネタリウムの説明資料(テープ)があった。山添はこの資料に憑かれていった。

 

美沙は広告の仕事に就きたいと転職エーゼントに接触していた

 

美沙はヨガを始めた。ヨガ教室で発作の兆候が出てきた。アパートには戻らず日曜日というのに会社に出勤。プラネタリウムの説明資料作成中の山添えに会い、発作は収まった。

 

山添はプラネタリウムについて話す。「闇だから目標が必要だ。どの星も輝いている、そして北極星でさえいずれ他の星に替る。宇宙に変らないものは存在しない」と説明した。

 

美沙は体調不良で休暇。山添は資料を完成させ自転車で美沙に届けた。ドアーに資料とお菓子の入った袋を掛け、帰って行った。光が降り注いでいた。山添が社員にたい焼きを買って帰り、皆を驚かせた。(笑)

 

美沙の就職が決まった。社長が喜んだ。社員みんなが祝福した。山添も喜んだ。美沙は山添に「会えてよかった!」と伝えた。

 

小学校で行う移動式プラネタリウム展示(体育館にテント展張)と屋上での天体観測の夕べ

美沙が「先輩が作った夜のメモです。朝になる前が一番暗い、人間には夜明けの希望がいる」と紹介した。辻本も参加していた。展示は好評だった。

 

山添は辻本に「この会社に残る」と伝えた。辻本は涙して喜んだ。社長に報告するとまるで弟が戻ってきたように喜んだ。

 

美沙が去った栗田科学の昼下がり、明るい陽の中でのんびりとくつろぐ社員たち。山添が自転車で走り出した。

 

まとめ

心が軽くなり、ほっとするような気分にしてくれる。

 

山添と美沙は出会ったことで助け、助けられ、新しい人生(夢)に向って走りだした。ふたりの力だけではこうはならない。その背後にある栗田科学の力が大きい。さらにこれに繋がるすべての人。「すべて」は「すべての人に朝明けが」を表していると解釈した。

 

“栗田科学”に纏わる人たち

自死、人種差別、難病、母子家庭と傷を負う人たち、お互いが助け、助けられて穏やかに生きている。こんな会社あるの?なにげない小さなことを見逃さないで他者を助けて、救うことでなりたつ社会。目指すべき“やさしい社会“のモデルだと思った。

 

原作と異なるところは後段のプラネタリウムに関わるエピソード

原作の映像化は難しい作品ではなかったかと。プラネタリウムのエピソードを加えることで、心の拠所を宇宙に求め壮大で全部を受け入れる気分にしてくれる。面白いと思った。

 

作品は16mmフィルムで撮られている

都会の夜景がまるで天体(宇宙)のように見え、自分が天体に繋がっているように思える。これも面白かった。そして秋の紅葉を映し出すことで、柔らかい陽だまり、変わりゆく自然を見せる映像はドラマのテーマによく合っていた。

 

松村北斗さん上白石萌音の演戯

ふたりの関係がラブではなく“生きる“ため、仕事を捜すというのが清々しい。こんな男女関係を描いた作品は少ないからドキッとする!作品には脇の光石研さんと渋川清彦さんが演じる優しさの演戯が必要だった。すばらしかった。 

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