『ゆさぶりの松尾』・・ふるさとチョイス・・カエル一考
日本の国土の24%は水を豊かにたたえた水田である。そこで主に生息しているの
が34種類と言われているカエルなのである。今回はそのカエルについての思い出と
新聞の投稿を基にしながら私の一考を述べてみたい。
1,カエルとお手伝い
私の小学校時代、家のお手伝いと言えば唯一風呂焚きであった。当時(昭和20年代)は今のように田舎には水道たるものがないので、家の裏の小さな池で水をバケツに汲み運んでは五右衛門風呂に入れて風呂を沸かすのが私の日課であった。その風呂焚きのお手伝いは当時子供にとつて特別なことではなく、同じ年代の者は当然の如く風呂焚きをはじめ牛飼いや鶏飼いの手伝い等を軽くこなして、自分の役割を果たしていたのである。
ところで、その風呂が炊き上がったころその特権として私はいつも一番風呂につかっていた。ある日のこと炊き上がった湯の中に腹を上に向け真っ赤になったゆでたこ状のカエルが2~3匹浮いているではないか・・・・。私はハタと考えそして気づいたのである。それは池の水をバケツで運ぶ時、不用意にもカエルを一緒に風呂の中に汲み入れたからである。考えてみるにそのカエルこそ迷惑なことで、風呂の中で一貫往生したのである。このことは家族に叱られるのが落ちなので一切一言も言わなかった。そもそも小学校の折には日頃何も考えず遊び惚けていたので、こんな生活の中の失敗は多くあったのが今の私なのである。
2,カエルの実態
私は今でもその小さな池の中のカエルの動きをじっと眺めることがある。いろいろな種類のカエルがいるが、中にはゆったりとして構え空をじっと眺めている貫禄のある殿様ガエル、土の色を保護色として生き延びている土ガエル、そして小さいけれど人の指や手の上に載って静かにしている吸盤のあるアマガエルなど多種多様であり生き方をそれぞれ持っている。
日本のカエルには外来種を含め35種類・そのうち10種類以上が産卵場所として日本各地に広がる水田や池を利用して生息していると言われている。その中でも代表的なのが日本アマガエル・ツチガエル・トノサマガエル・アカガエル・ヒキガエル(ガマガエル)が私たちの生活周辺(水田・池・水路)を利用して生き延びている。
・日本アマガエル・・・小型で草の黄緑色を保護色とした日本独自のカエルである。このカエルには小さいけれども優れた吸盤を持ち、窓ガラスや手の上に吸い付いてくるという人間にとって身近な特色を持っている。春から秋にかけて池や水田でよく鳴く。
・ツチガエル・・・ ずんぐりむっくりしたカエルで体が土色をしていて自分の体を守っている。興奮すると体を膨らませ威嚇する。水田や用水路などで生育している。ボロを着ているとみられるところから、俗称ボロガエルともいう。
・トノサマガエル・・・アマガエルやツチガエルに比べると中型の大きさで水田に多く生息している。そのジャンプ力は高く捕まえるにはむずかしい。(自己保身機能)
丁度、江戸時代の殿様のように堂々・悠然としていつも天に向かって構えている。天下国家を考えているような貫禄のあるカエルである。
・ウシガエル(外来種)・・・外来種でありながら日本ではウシガエルと称され、特に牛のように太く・低く・大きく・ずぶとく鳴くところから牛ガエルと言われている。その昔、池の中に大切な牛が落ちたのではないかと村中大騒ぎになった程の誤解されたバリトン・バスで鳴くカエルである。(自己保身機能)
このウシガエルを所によっては、食用に利用されるところから別名食用ガエルともいわれている。
・ヒキガエル・・・別名ガマガエル・イボガエルとも言われている。このカエルは、体はずんぐりとしてカエルの中では最も大きく、多分に体全体イボが広がっている。このカエルのイボには毒性があり(自己保身機能)手で触れると炎症を起こす。
夜雨が降った後人家の付近でのっそりと歩き回っては昆虫を食べる。昔話や芸能の世界でガマの油売りの口上が定番になっているのがこのカエルなのである。
3,人間とカエル・・・一考
私は小さいころ、母親からカエルについてどのカエルも自分の生命や子孫を後世に残すために周辺の色と同化しようと黄緑色になったり青くなったり更には土色になったりして生き延びていることを教わったことがある。この自己保身機能や環境適応機能は例えばトノサマガエルであるが決してその殿様は悠然として天下泰平を考えて構えてばかりいるのではなく、それは外敵である蛇や鳥などから身を守るために常に周辺を警戒し更にはジャンプ能力までも備えているのである。この母の話に成る程そうか・・・と私は納得したものである。
ツチガエルが興奮すると体全体を膨らませ威嚇したりウシガエルが異様な大きな声で鳴く様子やヒキガエルがそのイボから毒素を出したりするのは、まさに自己保身機能を持っているからであり又周辺の環境に適応や応戦して生命の存続を果たしている証なのである。
このカエルの特性に比べると人間は果たしてどんな独自の能力を持っているのだろうか・・・?
このところ毎日酷暑が続いて、まさにニンゲン様はヘトヘトである。このように暑くなると人間は水を飲んだり浴びたリ・扇いだりそして着るものを工夫したり更には暑さ逃れの食べ物を口にしているのである。これは四季の変化に順応した人間の自己本能持つ機能の表れなのである。だかしかし、人間の持つ自己保身機能や適応機能・応戦機能は人間だけが元来身に着けている独自の機能そのものではない。それはカエルをはじめすべての動物にも共通して持っている本性なのである。
このように考えると、生きとして生けるカエルをはじめ万物と人間は常に共通して環境に左右されながら力強く適応・応戦の営みを今日も続けているのではないかと思うのである。如何なものであろうか・・・。
4,カエルをお供にドライブ‥‥中国新聞広場投稿より転載
無職 湯浅良寛 66歳
雨の多い季節になると、田んぼに囲まれた自宅の庭には毎年、小さなアマガエルがたくさん現れる。庭に止めている軽トラックの荷台の上でもしばしば見かける
ある日、軽トラで買い物に出かけた。運転していると、ドアのガラスにアマガエルが張り付いているのが運転席から見えた。振り落とさないよう慎重に運転した。振動と風圧で小さな体が小刻みに震えており、振り落とされまいと手の吸盤でドアのガラスに懸命にへばりついているのが分かった。
15分で目的地のスーパーに到着した時、カエルはガラスに張り付いたままだった。自宅に連れ戻してやらねばと思い、車から降りた私は、手のひらに載せて荷台にそっと移した。
買い物を済ませ、荷台にいるのを確認し帰途に就いた。一緒に自宅にたどり着き、カエルとの楽しいドライブは終わった。庭木の葉にやさしく載せてやり、お別れをした。 (三次市)
<気づき>・・・この投稿作者湯浅良寛さんはさすが名にし負うあの僧侶良寛和尚と同名なのです。このエッセにはカエルをはじめすべての生き物には命がありそれを尊ぶべきだという気持ちが全体を通して溢れています。
「カエルをお供にドライブ」と言う一節 ・・・一緒に自宅にたどり着き、カエルとのドライブは終わった。庭木にやさしく載せてやり、お別れをした・・・。
これは筆者のけなげなやさしい気持ちや思いやり、そして生命尊重の心までもが深く私たちに響いてくるではありませんか・・・。
学校に於けるやさしさや自他を大切する心の教育は決して教壇からこれでもかこれでもかと教師が力んで子どもに教えこむものではなく、足元のこうしたコラムを巧みに利用すれば児童の心のひだに充分届くのではないかと思う。
日本の教師達よ!心の教育と称して観念的・ヒステリックに人権尊重・反戦平和を声高に叫んでいるばかりではなく、人間の心のやさしさの原点を深く探りながらまなざしを共有できるように育てたらどうだろうか・・・脚下照顧せよ!