「ゆさぶりの松尾」第138報・・・ふるさとチェック・・・言い伝え

                     松尾家(屋号、池田屋)になぜ雷は落ちないのか?・・・

 

    1,はじめに

   江戸時代から今日まで続く松尾家(屋号、池田屋)の歴史を紐解くと、多くの難関苦難を経てきたものの、今日まで安泰に続いたのは歴代の先祖の努力のお陰も勿論あるが、しかし忘れてはならない言い伝えがある。それは我が家にはこの300年余りの永い年月の中、かつて一度も雷が落ちずその被害にあわなかった・・・と言うことが歴代党首に伝えられているのである。その内容は一体何かを後世に伝えるためにあえて特集してみたいと思う。

 

    2,松尾家(池田屋)歴代の言い伝え

 

   我が家の屋敷はおおよそ300坪あろうが、その東の端に昔の人が建てた堆肥舎(注1)がある。その建物の入り口の柱にものすごく大きな割れ目があって穴が開いている。この柱について面白い言い伝えがある。後世の者よくよく聞いておけ!・・いいかな・・

   昔々のことである・・・。先祖のおじいさんが縁側で煙草をスパスパ吸っていると、急に夕立がしてゴロゴロ・ピカピカ・ドーンと雷が鳴りだした。その最中「ゴロゴロ、ズドーンと」とあの柱のところでとてつもない大きな音がした。そのお爺さんは力持ちでやさしい人だった。そこで小走りに行って見ると堆肥舎の例の柱が割れているではないか。

   それは頭に鈴のついた鉢巻をし、小さな太鼓を着けた黄色と黒のだんだら模様の虎の皮のズロースをはいた雷の子がなんと雲を踏みはずしてこの柱に落ち、目を回していたのである。雷の子は小さなどうらん(注2)持っていた。開けてみると子どものおへそが五つほどあった。お腹を出して寝ている子どものおへそを取るらしい。

頭を冷やしたり薬を飲ませ布団の中で寝せたりしたらようやくのこと目を覚ました。「やれイタタ!やれ痛いのう・・・うっかりしていたら雲から足を踏みはずしこんな有様になりました。まさか人間様のおせわになるとは思いはしませんでした・・・どうもありがとうございました・・・」雷の子はその親切なおじいさんからごはんを食べさせてもらったりしましたが、しばらくすると雷の子は「空に帰らせて・・・帰らせて・・・」としきりに泣きだした。そこでおじいさんは家の裏の大杉のところに連れて行っておしりを押し上げてやったら、雷の子は杉の幹をしっかり抱え支えながら少しずつ天ペンまでようやく登り切った。そして「おじいさん,おじいさん本当にありがとうございました・・・。もうこの家にはいつまでもいつまでも雷は落ちません。ありがとう・・・」と何べんかお礼を言って天へ帰っていった。この大杉には今も雷の子のつめ痕が残っている。それをよくよく見るがいい。

   そのおじいさんが手をかがんでみたら臭かった。多分落ちた時、雷の子がおならを出したのではないかと言う話だ。それにしても、雷の子を見世物にしたら皆おもしろがることだろうが、だがその代わりにこの家に雷が落ちたらつまらんつまらん・・。

 

                      おしまい  めでたし、めでたし

 

 

{注1}堆肥舎{たいひしゃ}・堆肥舎者とは農家の人があぜ草や山草・落ち葉を刈り集め、それを蓄えて肥料にするための大きな建物。

〔注2〕どうらん・・・どうらんとは腰に付けた小さな袋。貴重品を入れる。

 

 

    3,後 記

 

   この話は先祖から伝わる話として亡き父から私たち3人の子どもに言い伝えられた話である。大昔江戸時代からの話なので時間と共に内容が紆余曲折している部分があろう。しかしここに出てくる親切なお爺さんや雷の子そして堆肥舎と大きな割れ目・杉の木は言い伝えの柱であってそう変わるものではあるまい。それにありがたい事には先祖代々我が家には一度も雷が落ちてはいないという事実がある。これは雷の子をはじめ天の利・地の利のおかげと感謝しなければならないと深く思っている。