「十三参り」は、旧暦の3月13日前後に数え年で13歳になる子どもが、虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)にお参りする行事であるが、虚空蔵菩薩が13番目の仏であることから、「十三講まいり」とも呼ばれているが・・・・。

 

13という数字にかけて、子どもが13歳まで無事に育ったことを感謝してお参りする意味もあるようだが、平安時代、清和(せいわ)天皇が13歳のとき、京都の法輪寺(ほうりんじ)で成人の儀を行ったことが、十三参りの始まりともいわれている。

平安時代、清和(せいわ)天皇が13歳のとき、京都の法輪寺(ほうりんじ)で成人の儀を行ったことが、十三参りの始まりといわれています。

 

そのため、京都を中心とした関西地方で広く行われてきたということだが、この『十三参り』では思い出すことがある。

 

 

 

 

我が家の娘も、13歳のときに、この『十三参り』を行ったことがある。

 

とはいっても、私たち親が娘を連れてお参りをしたというのではない。

娘の祖父が、孫娘たちのために松戸と福島を盛んに往来していた頃だが、多分、夏休みとかの時期に・・・・茨城県那珂郡東海村の大満虚空蔵菩薩に寄ってお参りしてきたのですね。

 

もう40年位前のことであるが。

その娘が、お陰さまで今や・・・・50の坂に入ったのですから、随分昔の話であるが・・・・。

 

孫たちを最大限、これ以上ないほど可愛がっていた義父も亡くなって久しいが・・・義父の、本来なら、まだまだ、これからであったろう短い晩年は、孫たちの大いなる歓待で終始したと言っても、少しも言い過ぎではないし、長男を含めた子どもたちが、義父の人生をこれ以上ないほど大いに楽しませたことは間違いない。

 

義父の晩年は、誠に残念ながら、かなり制約されたものであったが、そういう運命のときに子どもたちを義父母と一緒に過ごさせてあげられたのは、私たち夫婦の子としての、せめてものの役割というか、大いなる功績?であったかもしれない。

親の年齢をはるかに超えた今になっても、良かったと思う。

 

 

 

 

 

(第12060回)