サラリーマンになった時以来の友人に、ちょっとご無沙汰であったが、年賀状代わりに年明けになってから電話したところ、入院しているというのだ。

 

私より二つばかり年上であったが、お互いに勤務先が変わっても、その交友は変わらず、いつ会っても昨日の話の続きのように会話が途切れることがなく、少しも違和感がない会話になっていた友人であったが、私達位の年齢になると、本当に少しも油断ならないものだとつくづく思わされましたね。

 

彼を含む数人と出会ったサラリーマン人生最初の数年は、いま思えば、本当にそこにいた誰にとっても自分たちの生き方を決めたというか、生き方を決めたある種の衝撃を私達に与えた数年であったように思うのですね。

 

そういう数年だったから、その後の数十年があったのだと、私達の誰もが思っているのですね・・・・。

 

入院していた友人から、8日に電話をもらった。退院できたというものでした。まだ心もとないところもあるようだが、退院してリハビリに励もうという心づもりらしい。良かったですね。2か月もすれば、会うことも可能になるだろうと思う。

 

 

 

いきなり本題とは異なる話題から入ってしまったが・・・・。

本題に戻そう。

 

本題の友人との交友も長い。

学生時代以来の友人ですからね。もう60年にもなる。

彼は、まだはっきり決まってはいないが、今月中にも上京してくる予定がないでもないらしい。

彼とは、毎日、ラインで数十回のやり取りをしている。まるで恋人関係みたいなもので、朝起きてから寝るまで、やり取りは続く。まあ、夜昼なしである。

ラインというものは大変なものというか、有難いものである。

 

 

 

出てくれば、再会も数年ぶりである。

誠に楽しみであるが・・・・さあ、果たしてどういうことになりますか。

 

話の本題に戻そう。

都電に乗って、都電沿いの鬼子母神に行った時の話である。

鬼子母神は、鬼子母神は安産・子育ての神であるとともに、法華経の守護神として日蓮宗寺院で祀られています。日蓮宗ゆかりの寺院であるというのは初めて知ったが、そういえば、わが家の近くの寺院の墓地にも鬼子母神の表示があり、日蓮宗○○寺と表示してあるのに気が付いたことを思い出すのですね。

 

 

 

(第12042回)