雨の降りしきる中江戸川のほとりの掘立小屋までたどり着いたれいなとお咲
「ビックリさせてしまいましたね、申し訳ありません」
いつもの物腰の柔らかな師匠に戻っている、れいなは何から尋ねたものかと困っていたが、それを察したのかお咲の方から語りはじめた。
「私はもともと甲賀のくノ一でした、幼少のころよりこの身に隠密、そして暗殺の技を叩き込まれてきました」
淡々と自分の過去を語るお咲、くノ一とはこの道の達人ではないか、所詮自分たちなど我流の暗殺術である、技量に雲泥の差があるのは当然だ。
「人を欺き、敵陣に潜入し自分を信頼した人間の命を奪う事もありました、とても人間の所業ではないと思い続けてきました」
れいなも他人事とは思えない、幼少から渡り巫女として諸国を渡り歩き様々な生き地獄を目の当たりにしてきたのだ。
「十七の年に潜入していたさる公家のお屋敷が攘夷浪士の焼き討ちにあった際、自分も死んだものと見せかけ抜け忍して江戸に流れてきました」
お咲に出自や、家族の事を聞いてもいつもはぐらかされてばかりだったが、今思えばなんと残酷な事を尋ねていたんだ、そう思うと頬を涙が伝う。
「あなたは本当に優しいお方ですね、あぁやはりあなたの助太刀ができてよかったです、志津香さんもこれで浮かばれますよ」
「何か思い違いをしちゃいないかい、師匠さん」
いきなり聞こえた晴香の声にれいなは慌てる。
「旦那何を言ってるのさ、師匠はワタシを助けてくれた」
「馬鹿」 れいなが語り終わるのを待たず、晴香の厳しい声が飛ぶ。
「お嬢、このままじゃアンタ近いうち死ぬよ、仕事に私情を挟むとこうなるんだよ、これに懲りたらもうでしゃばるんじゃないよ」
晴香の言うことは一々もっともだ、確かに今日お咲の助けがなければ自分は死んでいた、本来は助けなど来るはずもない自分の意識の低さを痛感させられた。
無言でお咲に巾着を差し出す晴香、怪訝な顔をしてお咲は尋ねる。
「これは、志津香さんの何故私にこれを」
「あんたの仕事料だ、取っといておくれ」
面食らうお咲に尚巾着を押し付けようとする晴香。
「やめてください、私はただ志津香さんの無念を晴らしたくて」
『パシンッ』晴香の平手がお咲の頬を朱に染めた
晴香の目はまるで畜生を蔑むような目をしている。