読書「アインシュタインの相対性理論は間違っていた」
窪田登司(たかし)著「アインシュタインの相対性理論は間違っていた」徳間書店 1993年
を読みました。
仕事が忙しくて、なかなか読む時間が取れずだいぶかかってしまいました。
まず、アインシュタインが間違っているという理由の根本は、「光の速度は常に一定である」という解釈が筆者とアインシュタインでは異なるということ。
筆者は、光速度一定を「光は光源がどんな運動をしていようと、光源から一旦離れれば、光速度で飛んでいく」と解釈します。つまり、放たれた光は、その後の光源の運動とは無関係だということです。
ところが、アインシュタインは、「観測者がいかなる運動をしようと、光速度は不変のcという値をとる」としています。
この違いを筆者は次のように説明します。
地球から同時刻に月に向かってレーザービームと光速に近いロケットを飛ばすとしたら、アインシュタインの説でいくと、ロケットの中の宇宙飛行士から見た光は、常にcの速さで進んでいることになり、それを地上の人から見たら光は2倍の2cの速さで進んだことになる。これはおかしい。
レーザービームと光速で進むロケットが同じ速さならば、両者は並行して進むはずだ。ただし、宇宙飛行士はレーザービームを見ることはできない。なぜなら、光は見えないからだ。
一番の要点は、「光は電磁波であって、物体のように加速できない」ということをアインシュタインは誤解しているということだそうです。
光は物体ではない電磁波なのだから、光が発生したあとは、光源とは一切関係のない独立した電磁現象として光速cで伝播する。光源が速度vで動いても、物体である光源の運動には影響されない。ところが、アインシュタインは、この辺を誤解しているということでした。
そして、光の運動に、光源や観測者といった物体の運動を合わせて計算して、辻褄が合わなくなったところを長さが縮むとか時間が遅れるとか空間が歪むなどといってこじつけ理論を展開しているのだとか。
相対性理論は、「加速できる物体の法則であるガリレオの相対性原理を、加速できない光にさえも当てはめた理論」であり、加速できる物体と加速できない光をごちゃまぜにしているとのことです。
確かに納得できる考えでした。
光はモノではない。
速さを持つけれど、質量はない。
かつて私はアインシュタインの、E=mc2の式を見て、物体(質量mを持つもの)と物体でないもの(光速度cの光)を1つの式に入れられるなんて、なんと素晴らしい数式だろう❣️と感動したものでした。
しかし筆者によると、エネルギーは、光・音・x線・放射線・熱エネルギーなどありとあらゆる古典力学・量子力学の結晶であるはずなのに、たった1個のmに光速の2乗をかけたものだなんてどうして信じられようか、しかも光の速度というのは、誘電率と透磁率が異なれば場所によって変化するものなのに、どの光の速度を掛ければいいのかと批判しています。
E =mc2は、等速直線運動をする慣性系における座標変換から、求められる式なのに、素粒子の崩壊などの衝突の世界に平気で使っている。間違ったことを平気でやっているとのこと。
とても興味深い内容でした。
かつて相対性理論についての本をいくら読んでもなんかキツネにつままれたようなよくわからない感じがあったのですが、この方の説明は、スッキリしました。
母の誕生日
先日、同居する母が98歳の誕生日を迎えました🎊
近所に住む妹と、母の誕生日を祝いました。
高血圧という持病を抱えながら、ここまで元気に長生きするとは、正直考えてもいませんでした。しかも、特にどこが不調ということもなく、物忘れが酷くなったくらいで普通に生活しています。
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<追記>
「どこも悪くない」は、間違いでした。
耳が遠くなり、近くで話さないと聞こえません。また、歯は、総入れ歯です。しかも、入れ歯は経年変化によって、あまり口に合ってないうえ、前歯は2本欠けています。初めは前歯は1本だけ欠けていましたが、数ヶ月前にもう1本欠けました。食べることは大事だから、入れ歯を作り直すように説得を試みても、「もう先が長くないから今さら作り直すのは面倒くさい」と言って、ガンとして歯医者に行こうとしません。同居してから勧めて、もう2年は経っているのに未だに歯を直さず、でもしっかり晩ご飯は完食してるので、こちらとしても、あまり気にならなくなっていました。
耳に関しては、母は子どもたちが巣立って父と2人暮らしになってから、ある時期、寝る時にイヤホンでラジオを聴いていました。おそらく、父にうるさいとでも言われたからでしょう。私は、母の耳が遠くなったのは、長期間のイヤホン使用にあるのではないかと思っています。
それで、若者がコードレスイヤホンを耳に入れているのを見ると、歳をとってから、耳が遠くなるかもしれないから、やめた方がいいのにと思ってしまいます。
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母曰く、高血圧は祖母からの遺伝だそうです。何年も前から、高血圧の薬を常備薬として飲み続けています。
今では2ヶ月に1回、薬をもらうために病院に連れて行っています。そのときに、血圧を測るのですが、毎日薬を飲んでいても、血圧は上がり続け、とうとう今月は、最高血圧が210を超えました。
現在の医学では、とんでもない高血圧です。でも、既に薬は飲んでいるのですから、これ以上どうすることもできません。そして、何より、その血圧でも、母は平常通りの生活を送れている現実があります。私は、母の現実を見ているので、今の医療の高血圧の基準を信じていません。むしろ一昔前は「年齢+100」が基準だったという説の方が合っているのではないかと思っています。
ここまできたら、現状維持で見守るのみです。
朝・昼の食は減ってきたものの、晩ご飯はしっかり食べる食欲に安心しています。昼ご飯と晩ご飯は、いつもの時間を過ぎるとお腹が空いたと催促されます。長生きの秘訣は、胃が丈夫なことですね。
上のケーキも、食後1時間くらい経ってから食べたのですが、母は、1/4しっかり完食でした。別腹とか🤣
父は、13年前、85歳の誕生日の3日前に亡くなりました。癌でした。
父は、低血圧だと言っていました。同じものを食べていても血圧の違いは、遺伝的な違いが大きかったのかな。
母は、コロナ期には、田舎で一人暮らしをしていて、ワクチン接種の問題が起きたとき、止めに飛んで帰りました。そのときは、思いとどまってくれたのですが、接種券を破り捨てずに、そのまま置いてきた私が甘かった!やはり地元のコミュニティの中での生活での圧力や、友人たちとの関係性から、その後2回受けてしまいました。
私は当時、おそらく数年後には自分が母の面倒を見ることになるだろうと漠然と考えていて、シェデングを受けたくないので、阻止したかったのですが、いくら被害のデータを持って行って説明しても、止めることはできませんでした。
同居が決まってから、シェデングの心配をしましたが、今のところ大丈夫のようです。母も、影響はでていないようです。
来年のお正月には、数えで100歳になります。
できれば、このまま寝付くことなく、ピンピンコロリで、天寿をまっとうして欲しいと思っています。
ビョルン・アンドレセンの訃報
ビョルン・アンドレセンが、10/25に亡くなったと訃報が流れてきました。まだ70歳。亡くなるには若くて、もったいない年齢です。
もう少し生きることはできなかったのかしら?
17歳で、一躍有名になり、時の人となったものの、60代で彼の人生を追ったドキュメンタリー映画「世界で一番美しい少年」では、その後いろいろ苦労の多い人生だったことや、老人の心境で生きているような姿が描かれていました。
この映画の公開は、2022年で、ちょうどまだコロナの影響が残っていた頃。それがなければ彼はプレミアで日本に来れたのにと残念がっていたようですが、私も、もしそれで彼が日本に来れていたなら絶対に会いに行ったのにと思うと、残念です。もう永遠に会えないのですから。😭
あの、「世界で一番美しい少年」と言われた世紀の美少年が、亡くなって、あの懐かしい時代は永遠に失われた過去になってしまいました。
一方で、日本では、同年代のアルフィーが、若々しく現役バリバリで活躍していることを思うと、人の生き方、年の取り方の違いを感じますね。


