今日、職場の同僚から「隣の旦那さんが亡くなったんだけど、今はこっちから顔出すんじゃなくて、向こうから『家族葬でやります』って来る時代なんだ」って言われました。
確かに、うちの町内会でも最近不幸があって、まだ四十九日を迎えていないと言う頃だけど、家族葬で執り行ったようで、最近こういうケースが増えていますよね。
身内の不幸というのは、年上だから経験しているという問題ではなくて、うちは昨年だったけど、定年間近の先輩は最近ようやく四十九日を終えたと話していた。
当初、その先輩も家族葬でやると話していた。
いろいろな事情があるのはわかるけど、遺族の知り合いの中には生前お世話になったから、何を差し置いても駆けつけたいと思っている人だっているはずだし、自分はもう職場には長くいないので返すことができないと言っていたが、今まで先輩は職場の人たちにしてきたことなんだし、今回はそれを返してもらう時だし、もらった個人に返すという問題ではないような気がするという内容の話をさせてもらった。
実際に私だって、職場の同僚だった人の奥さんや親の葬儀に行ったけど、うちの親の時には来なかったという人がたくさんいる。
でもそれが普通なんじゃないのかなと思う。
家族の中での顔と、外の顔は違うもので、特に仕事をしていた人であれば、同僚や関係者から慕われていた部分はあると思う。そんな部分は家族には見えないことだ。
外に出ているものは、ただ仕事をしているだけではなく、そういう付き合いも含め、仕事ではないところでも気を配ったり、色々とあるものだ。
そういう人たちの思いをもう少し考えてあげられないものかなと感じる。
うちは古い家なので、いろいろな事情があって、祖父の弟という人の葬儀をお袋と私で執り行ったことがある。
ずっと住み込みで働いていた人で、結婚もしていなくて、早い時期から施設に入所していた人だったけど、とりあえず親戚には伝えた。
お金の問題もあるけど、御香典など何かとありがたいものである。うちはいくつかの葬儀を出しているけど、赤字の葬儀になったことはない。
それだけ故人が生前に周りにやってきたことなんだろうと思う。
まぁ、これという正しいやり方なんか、それぞれ違うわけだから、一概には言えないことではあるけど、故人だって世の中に色々やってきた過程の中で、その人に恩を感じている人だっているわけだから、そういう人が一人でもいるのなら手を合わせてももらう場を作った方が良いと、私は考えている。


















































