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北海道のまっつのブログ

写真を中心に、自然や環境のお話、健康のお話、独り言などを載せていきます。
よろしくお願いします。

 子育ての話題になった時、男性が子育てに協力的かということがよく聞かれる。
 最近は女性も仕事を持っていたりしている人も多く、また男女同権ということも言われている。

 私は協力的だったのかと言うと、自分ではそれなりにやったつもりではいるが、それは妻や子供はどう判断しているのか、聞いてみないと解らないと思っている。
 ただ役割分担のようなことはしていた。
 片方が怒れば片方が言い聞かせるとか、同じ役目の存在は二人もいらないと思っていたし、今でもそう思っている。

 ところで男性が子育てに協力的かという話に戻すが、社会のあり方に大きな問題があるような気がするのだ。
 核家族化が進んだことで、子供の周りに存在する人が少なくなっている。旦那さんは夜遅くまで仕事をしている家庭の場合、奥さんが一人で子供を見ることになるのだ。
 それは疲れるのが当たり前である。
 そこで男性も子育てに協力して欲しいということになるんだと思うが、なぜ旦那さんより子育て経験のある親に頼らないのだろう?

 昔の家は人数がいたので、多少子供から目を離しても、誰かが見ていた。
 うちなんか物心ついた時はひい婆ちゃんや祖母が相手をしてくれて、両親は仕事をしていた。
 実はそう言うことが重要なのではないかと考える。
 目を離せる時間がないとつまってくる。
 また子供は親を見て育つ。

 このような社会になった以上、お金がなければ何も出来ない時代になっている。
 まして一人の稼ぎでは大変な家庭が多いように思う。

 この前の介護の話でも書いたが、一人で家族を見るのは無理が出て来るのだ。
 四六時中目を離さないとなると大変なことだ。
 でも子育ての先輩がいてもらえたらどうだろう?
 私はそんな理由から子育てには親との同居が必要だと言う私なりの考えを持っている。
 多少厳しくしても、子供には逃げ道がある。
 お年寄りを大切にすることだって教えなくても身に付くだろうし、色々な意見があることだって学ぶ。
 もちろん、子供にだけ教えようと言うものではない。
 うちだって平穏無事に来た訳ではない。
 親の存在が嫌だったケースだってある。色々なことがあるものだ。
 でもそれは社会の縮図は家庭だと思っている。
 家の中ではわがまま出来ても、社会に出ると、そうも行かないものだ。
 そうであれば、ある程度の家での規律が必要ではないか。
 それを子育ては初めてのお母さんとお父さんだけでは心細いのは当然だと思う。
 子供だって学ぶが、大人だって学ばなければいけない。

 祖父母だってただ孫を可愛がれば良いものではない。
 子供に子育てを伝えることが必要だと思うし、時代の流れで任せる寛大さも必要だと思う。

 介護も子育ても一人で抱え込むものではないが、周りも協力的にならなければ行けないと思う。
 風化させないとよく聞く。
 教訓にして対応や対策を立てることはとても重要だと思うし、みんなでやらなければいけないと思う。
 でも時間が経てば、環境も変わります。
 多くの人が被害を受けたと言っても、もう何年も経過していて、その後それとはまったく関係ないところで身の回りの大切な人が亡くなったり、仕事がなくなった人だっています。
 うちの職場でも寄付だとか、支援だとか、けっこう多いのですが、個人的に奥さんや子供が亡くなったり、病気がちで仕事をするのが大変な人がいたり、介護が必要な家族がいたりと、色々あるものです。
 そんな個人レベルのことに寄付や支援などを受けることは少なかったり、全く受けられなかったりという人もいます。

 15万人以上の人が亡くなったと言う大きな災害があってから、もう4年になります。
 確かに色々お話を伺うと、緊急支援などの必要性を感じますし、それに対しては反対ではありません。
 でも15万人が一度に亡くなることも、それから何年も経ってから、たった一人かもしれませんが身内の不幸も、竜巻や雪崩、大雨などで数件の家の被害も、身内の方の悲しみは他人事より自分のことなんではないかと思うんです。
 その人の悲しみはその人でしか解りません。だから私ならという想像のようなことで大変だとは思えますが、その人たちの本当の気持ちや悲しみが解らないのです。

 他にも戦争や別な災害の時の体験談など、話を聞いておく必要があるとは思いますし、同じような状況の時にこう言う判断をした方が良いとか、社会的にこうしたらこうなるということでの対策などにするべきことも多いと思います。
 でも専門的なことは専門家がデータを取ったりしながら、色々な研究を行ったり、シミュレーションを行ったりしていますし、行政もそれを元に色々な対策をしてきていると思います。

 私は勉強不足かも知れませんが、この程度の知識でしかありません。
 不幸自慢をするつもりはありませんが、私も大きな夢を諦めなければいけなくなりました。小学生の時からそれこそ時間もお金もその夢のためにかけていたことです。でも周りはそんな想いは解ってくれる人はほとんどいません。話したとしても、早く切り替えた方が良いとか、「お前はまだ良い」「お前より大変な人はたくさんいる」「仕事があるだけマシだ」など、色々なことを言われたものです。そうは言われても、もう諦めようと思えるまでにはずいぶんかかりましたし、心のどこかではどんな形でも良いから関わりたいと思っています。
 こんな話でも私に取ってはとても大きなことで、他人の心配よりも、自分をなんとかしなければという時期もありました。
 でもいつまでも立ち止まっているわけにはいかないし、行政や他人が私の夢を見つけてくれる訳ではありません。
 夢は自分で探して、その夢を目標に変えるものだと思います。

 非常に難しい問題だと思います。
 嫌な話は聞く方も辛いですが、教訓として、今後どうして行ったら良いのかという話であれば、多くの人が耳を傾けるべきだと思いますが、間違っていますか?
 風化させないという本当の意味がわかっていないとか、そうではないんだという意見がお持ちの方は、ぜひ教えていただきたいと思います。


 昨日は息子の高校の卒業式に行って来た。
 それにしても皆勤賞の多いことや、息子のクラスは退学者がいなかったそうで、すごいものだと思いました。
 息子はたった一度だけ大雪のために遅刻になったことがあって、それで皆勤賞を逃しました。

 三年間よく頑張ったと労いの言葉をかけました。
 でも同時に「あくまでも通過点だから」という言葉もかけました。
 卒業がゴールではないです。あくまでも通過点です。
 今までの仲間と離れて、また別の場所で似た目的を持った人が集まり、仲間意識が出て・・・。
 それだって通過点です。

 でも卒業式は一区切りですもんね。
 お疲れさまでした。

 卒業ソングと言えば、私はこれがイチオシですね。

 沢田聖子 卒業 YouTube画像

 アルバム



 なんとなく何か撮影したくて、出かけました。
 美瑛のしらひげの滝です。
 何度か撮影しているんですけど、今回は水の動きを撮影してみました。



 同じ場所からなんですけどね。



 そう言えば、青い池にも行ったんですけど、雪原状態でした。
 今日から3月ですね。
 雪解けが加速します。
 春が来るって思います。
 前にも話したことあるかもしれませんが・・・

 今年の冬まつりにウルトラマンが来てました。
 子供の時はドキドキしながらウルトラマンや仮面ライダーを見ていたものです。
 真似をしたり、人形やカードを集めたり、とにかく大好きでした。

 ところが中学生になった時、お袋から「いつまでも怪獣だの、なんだのっておかしいよ。もう中学生になったんだからウルトラマンや仮面ライダーなんて、卒業しなさい」と言われ、宝物だったグッツを押し入れに入れて、「こんなものを見る暇があったら勉強しなさい」と言われた。
 ものすごく寂しい気がしたが、当時は親の言うことが正しいと思っていたので、言われた通りにした。
 ただ同級生の中ではウルトラマンや仮面ライダーを見たという話をしている人がいて、「中学生でまだそんなこと言ってるのか」と感じたものだった。

 大人になってそんなことも忘れかけていた頃に面白い話を聞いた。
 紙おむつを作っているのは赤ちゃんでも介護されているお年寄りでもでもない。普通の大人が実際に自分たちでも体感しながら、真面目に考えているのだと言う。
 それを聞いて、色々なことを思った。
 子供が喜ぶおもちゃは子供が作っている訳ではない。大人が作っているのだ。そう思った時に、もしも私がウルトラマンや仮面ライダーから卒業しろと言われなかったとしたらどうなっていたんだろうと思った。
 ただのフアンだったかも知れない。
 大人になってお金を稼ぐようになって、コレクターになったかも知れない。
 でももしかして自分がウルトラマンや仮面ライダーになったかも知れない。
 もっと言えば自分流のウルトラマンや仮面ライダーを制作する人になったかも知れない。
 グッツを作る人になってたかも知れない。
 つまり仕掛けられて、それに満足していた立場から、こちらが仕掛ける立場になって、お金を稼いだり、大きな夢を見つけていたかも知れない。

 ただ私がラッキーだったのは、それ以上に自分がやりたいことを見つけられたことがあった。
 でもそれは自分で見つけたものだ。

 親の気持ちとして、もっとこうしたら良いのにとか、こう言うことをやらせたいと思うことがある。
 確かに経験者の体験談や、こう言う仕事が良いと言う意見は大切だ。

 でも私の叔父さんは昔の国鉄に合格した。しかし国鉄には行かないで、本州に渡り、土木建築会社に就職した。残念ながら若くして亡くなったが、祖父の時代の常識で考えれば、国鉄は良いところだという常識だったのに、もしも叔父さんが親の言うことを聞いて国鉄に勤めていたとしたら、途中でJRに変わり、やったことのない物売りや営業などをさせられていたのかも知れない。
 それで自分を見つける人もいるかも知れないが、多くの話では大変だとか、やめたくても家庭のためにということを聞いたものだ。

 私も就職した頃の常識とだいぶん変わっていると感じることがあるが、これからの道具や情報通信などの進化を考えると、常識の変化はさらに大きくなるであろうと思う。今は正しいことや普通だということが、いつまで通用するのだろうと感じる。

 子供の夢は無限大である。
 それを狭い常識で囲ってしまったり、摘んでしまうことのないようにしたいものだ。
 すぐイライラする人っていますよね。
 とか言う私も短気と言えば短気なんですが、でも表面的には冷静さを持つように心がけているんです。
 私は車を運転するのですが、私の周りの一緒に乗った多くのドライバーは信号が赤になって怒ったり、歩行者などを見てイライラしたりが多い。
 なぜそんなにイライラするのかなと思う。
 待てば良いだけのことじゃないですか?
 そんなに急いで、どれだけ早く着けるんでしょうか?

 こんなデータを聞いたことがあるんですが、旭川から札幌に向かって二台の車を走らせて、一台は普通に走り、もう一台は抜かせる場所はどんどん抜かして行ったらしいのです。
 それでも15分ほどしか変わらなかったと言います。
 速度をはるかに超過するなどは違反ですけど、ある程度の法廷速度を守れば、札幌まで行くのに、焦ったってその程度の差でしかないそうですね。
 ましてや通勤や仕事、街乗りなどを考えると、赤になるのが当たり前の信号に怒ったりって、ナンセンスな話ですよね。私だって歩行者になることあるけど、車から怒られているんでしょうかね?

 車の運転に限りませんが、職場や子育て、友達付き合いなど、ちょっと落ち着くと怒るほどのことじゃないと思えることが多いと思いませんか?
 小さいイライラかも知れませんが、世の中全体的にそうなってくると、悲惨な事件や事故が起こります。

 「勝利する:敗北させる」「上:下」だけが結果じゃないです。
 双方に利益が出て、双方が良かったって思えるようにならないかって、何か方法があるような気がするんですけどね。

 レイ・チャールズの半生を描いた作品です。
 正直、名前しか知らない程度だったのですが、この映画は素晴らしいです。
 内容はあまり書きませんが、彼はすごいと思いました。
 役者さんの演技にも引き込まれ、良い映画を見たと思いました。



 この映画を見て、聴いてみました。
 楽曲はどれも良いですね。

 レイ・チャールズ グレイテスト・ヒッツ



 土曜日の写真ですね。
 綺麗に見えました。

 ホントは夕日が当たっているところを撮影したいのですが、意外とタイミングが合わないものなんですよね。
 見慣れているようでも毎日見られる訳でもないし、ちょっとタイミングが合わないと、その光景が変わるし、日没もだんだん伸びて来て時間も変わる。

 真っ白な山に夕日が当たると綺麗なんですけどね。




 そう言えば・・・
 選挙権を18歳にしようかという話が出ているようですね。
 大人でも感心のない人もいるし、中には頼まれたからとか、容姿で選ぶとか訳わからない人がいる。
 テレビでも言ってたけど、環境問題などは今の若い人たちが背負う問題ですから、私は発言権があった方が良いと思うんですけどね。
 誰かに入れるというだけの選挙じゃなくて、今回は決められないとか、訳が分かりません、自分と同じ意見の人がいませんと言う票もあれば良いのにと思う。
 ホント、今年は雪が少ない旭川です。
 今日の気温は4月上旬並みだそうで、雪解けが進みますね。
 舗装が見えてる・・・え?



 家の周りの雪なんですけど、1m少ない気がする。
 街中の雪だと雪捨て場に運んでくれるんだけど、この辺りの雪は路肩に積み上げられたままなんですよね。
 実はこの高さが良くないもので、深々と積もる雪はそれほど恐ろしくないんですが、強風が吹くと、路肩に積み上げられた高さまで吹きだまります。
 毎年数回は車が4WDで良かったと思うのですが、今年は一度もそんな経験ないですね。
 この高さだと吹きだまっても大丈夫な気がします。

 これも異常気象の関係なんですかね?
 この少ない雪がどんな影響をもたらすのかなと思います。
 ただ週間予報ではしばらく雪らしいですけど・・・。
 このところ、日中が温かくて、雪も少ない今年の話ですが、昨日の朝はマイナス2ケタになりました。
 実は昨日の夜眠れなくて、朝も早く起きたんですよね。
 それで見られた風景なんですけど、針葉樹の葉に樹氷がついていました。



 今年こそはサンピラー現象や、朝日に反射したキラキラした雪原を撮影したかったんですけど、そんなことが出来ないまま春を迎えそうな気配で、この風景ももうそんなに見られないかも知れないなぁと思うほど、朝日が温かく感じました。