小樽という街に、鍋匠(なべしょう)というラーメン屋さんがある。
私はそこのラーメンが大好きなのだ。
実は旭川に引っ越してくる前に住んでいた街で、縁があって知り合えた人に大変お世話になっていた。
彼は盲目であったが、当時レコードデビューした歌手という顔を持っていた。
時々彼の仕事を手伝ったりもしたことがある。
今は無くなった札幌のクラブハイツで仕事をしたこともあった。
しかし、彼は実家のある小樽に帰ることになった。
私も実家の旭川に戻ってきた。
それからは年賀状だけの付き合いになってしまった。
その後私はいろいろなことを経験し、病気になって一時期は何もできない状態にまでなった。
彼に会いたかった。
生きているうちにもう一度会っておこうと思ったのが5年ほど前のことだった。
インターネットの情報の中に、彼が小樽でコンサートを行うという記事を見つけた。
その会場というのは、以前別件で行ったことがある大きな会場である、
そんなところでコンサートをするって言っても、会場に人は集まるのかと思った。
当日、近くのお花屋さんで小さな花束を買って、会場に行ったが、車が停められないほどのすごい人が集まっていた。それでも私は他のイベントが重なったんだと思っていた。
チケットを買って、その場で楽屋に届けて欲しいと花束を渡し、会場に入ったが、たくさんの人で私が座る場所がない。
仕方なく最後列で立ち見で見ることにした。
幕が上がった瞬間から、私は涙を抑えられなかった。
お客さんたちの拍手がすごかった。
彼もずっと歌っていたんだと感じた。
その後歌い始めた曲は、二人でキャンペーンをしたオリジナル曲で、当時を思い出し、また涙が止まらなかった。
その曲が終わり、彼は昔話を始め、今まで歌を続けてこれた恩人が今日この会場に来ていると言って、私の名前を呼び、ステージに上がってくれと言った。
泣き顔でクシャクシャだったけどステージに上がり、何年ぶりかの再会で握手をして、何か一言とマイクを渡された。みんなの声援でつまってしまって「これからもよろしくお願いします」と言うのが精一杯で、礼をしたまましばらくは頭が上がらなかった。
そんなことがあって、旭川に帰ってきたが、それからはある意味、精神的に生死の境を歩いていた時期がある。
体調は一進一退で、とても昔のように会える自身がなかったし、会っても迷惑をかけると思っていた。
しかし先日思い切って彼に電話をしてみた。
すごく活き活きしていた。
今なら会いに行けるかも知れないと思った。
札幌まで出かける用事があるから、その日に足を伸ばしてラーメンを食べに行こうと思った。
本人に伝えると気を使わせると思ったし、彼のお姉さんである女将さんにも会いたかった。

小樽運河を見ると「小樽のめぐり逢い」という楽曲をイメージしてしまう。
名曲である「小樽のひとよ」の続編のような作品で、歌詞の中ではお相手は女性であるが、女性的な表現を除けば、まさに今回はそんなイメージであった。
彼は忙しそうだった。
近いうちにキャンペーンがあるそうで、その打ち合わせの前に来てくれた。
そこで私も打ち合わせについていくことになった。
その仲間たちの温かさに、胸がいっぱいになった。
5年ぶりの彼の生歌は、さらにすごくなっていた。
二人で語りだすと涙腺が崩壊しそうになったが、仲間たちが話の腰を折ってくれて、良い仕事をしてくれた(笑)
でもほとんど話を交わす暇がなかったが、私には彼が何を言いたかったのか、十分すぎるほど理解できた。
きっと彼もそうだったことだと思う。

私は今回大きな大きな勇気をもらった。
今回、彼が言った言葉の中で一番嬉しかった一言が、地元のスタッフの皆さんに「友達です」と紹介してくれたことだった。
友達だなんて恐れ多い。
私はそんな同等の位置になんかいない。
今まで空元気でやってきた部分があるけど、吹っ切れた思いもあるし、理解できた部分もある。
周りの人には私の真意とは違うように理解されていることの方が多い。
でもそんなことを今更言い訳しても、理解してもらえる人もいるかも知れないが、さらに敵を作ることにもなる。
時間は戻せないんだし、前を向くしかないんだと思えるようになった。
また彼と彼の素敵な奥さんに、そして鍋匠の女将さんに会いに行きたい。