このシリーズを、30 Days -2020
としてまとめました。
コロナ禍の真っ最中に投げ込まれたスケファンらしい遊びにて。

世の中が大きなパラダイムシフトを向かえているかもしれない、
そんな時代の、記録にもなりますように。


#30DayFigureSkatingProgramChallenge





1 スケートにハマるきっかけになったプロ
2 曲のタイトルに数字が入ったプロ
3 クラシック楽曲を使った好きなプロ
4 季節を感じるプロ
5 旧採点時代の好きなプロ
6 踊りたくなるプロ
7 幸せな気分になるプロ
8 悲しい気分になるプロ
9 リフトが印象的なプロ
10 時代が変わったと感じたプロ
11 ステップシークエンスが印象的なプロ
12 衣装が好きなプロ
13 物語を感じるプロ
14 マイムが印象的なプロ
15 一般的には過小評価されてるけど好きなプロ
16 ジャンプが印象的なプロ
17 何度観ても飽きないプロ
18 自然を感じるプロ
19 心を鎮めてくれるプロ
20 全人類が観るべきだと思うプロ
21 退廃的な好きプロ
22 官能的な好きプロ
23 現代音楽を使った好きなプロ
24 狂気を感じるプロ
25 高揚する・叫び出したくなる名プロ
26 ジュニア選手(時代)の好きなプロ
27 コレオエレメンツが印象的なプロ
28 好きな振付師の好きなプロ
29 スケートファン以外に薦めるならこのプロ
30 人生に影響を与えたプロ





5 旧採点時代の好きなプロ



えーっと、、、ぽりぽりぽり・・













ここに行こう!



ウラジミール・コチン、と申します。




なんじゃこりゃあああああああ!?!?!?!!!!!!!!


の最初だったかしら・・

男子シングルでは、



おうちでこのプロ初見時は、椅子からずり落ち、末の妹と腹を抱えてのたうち回る。

身内ネタ→ もはや"アート"




スケファン界では、ザ・ユーロなジャンルと申しましょうか、、

ユーロ圏の、誰をも寄せ付けぬ孤高の変プロ、
謎編曲のレジェンドスケーターと申しましょうか。


とまあ観てみてくらはい。

後半に向けて、いよいよ本領を発揮します。

しかもセルフコレオ、なんです。

プログラム名は、よくわかりまへん。





当時、ロシアというかソ連には、
ヴィクトール・ペトレンコ、
っちゅう大王道なスケーターがおりました。










ご覧の通りの塩梅で、
ソ連・男子シングルスケーターのスタイルを最も色濃く体現したスケーター…というか、ペトレンコがつくったんらな。この路線。

かあつ、ロックな曲調もよく使い、エンタメにも行き届いたもんで、
若きプルシェンコのアイドルとしても有名。

プルはんが15、16歳の頃だったか、
なんかのコンペで、自身のアイドル・ペトレンコに勝ってしまい、
プルはんは一晩寝込んだらしい。
があ、翌日だかに行き合ったペトレンコはプルはんの勝利を讃えたそで。

後輩が先輩を超えて行く瞬間の切ない物語に、言葉はいらぬ。




ペトレンコさんはこんな言葉も残しています。

ヴィクトール・ペトレンコの名言-number


納得のいかない採点は、誰でも経験してきた。それでやめてしまう選手はそこまでの実力だったということ。でも上にいく選手は、次は絶対にジャッジが1番をつけざるを得ない演技をしてみせる、と努力を続けてきた。それがこのスポーツだ。



旧採点時代というのは、明らかに偏向が見られました。
その中で、どう勝ち残るかを、
どう向き合って来たのかを、
伝える言葉です。



※ 偏向は、ジャッジ個人の問題として。






また、アレクサンドル・ファデーエフという技術スペシャリストもおりました。

樋渡知樹- アレクサンドル・ファデーエフを知る若武者


でそうそう、このマイ記事でもちょこっと書いていたコチン。

名前を見ても、ほとんどわからんスケーターだったと思いまふ。










どんだけ編集するねん・・ちゅう編曲っぷり。
ユーロ初優勝〜


解説でよく言われたのは、
「髭を生やしていたりで大人っぽく見えますがまだ若いんです」








スピンがよいの。

また、バットをおでこにつけて前屈みにぐるぐるするやつ、
あのよな姿勢でスピンをする。
あれ、今ならどお採点されるんだべ・・















とまあ、ともかく、なんかオカシイ。


いつの頃からかセルフコレオに走るんですが、
考えてなんか作るのが好きなんでひょなぁ・・


彼はエキシビにも命を賭ける。

ほで、こんなコラボが大評判にもなりまひた。









七色カルメン



こちらでも紹介した、デビー・トーマスとのマイケル・ジャクソンぱふぉ。

解説でもゆってますが、元はソ連で催されたコンペのエキシビで共演したのが最初のよで、

おおこりら、、






ソ連時代のこのコラボ、す。
観衆の熱狂ぶりにもちょっとぐっとくる。



因みに、コチンがコケたような感じになりますが、
あれは、でんぐり返っております。




当時、本人のエキシビが、「ビリー・ジーン」でして、
そこでもでんぐり返ってるんですぅ。
因みに、2回、でんぐり返ります。






ソ連時代に、マイケル・ジャクソンを取り上げる気鋭っぷりにも唸りました。

ベルリンの壁、崩壊前夜のこと。
ソ連にも、市民レベルでは世界の音楽を楽しむ土壌が育まれていたことも伺える。
やがて訪れるペレストロイカの芽は、こうゆうとこにもあったのかもしれやせんね。



そんなコチン様ですが、昨今はコーチとしてご健在のよで。

2014-2015シーズン、久しぶりにコンペをみしみて見始めた矢先のジュニアGPS





元グルジア国で今ジョージア国のイラクリ・マイスラーゼくんのキスクラでそのお姿を見かけたときには、前のめってつんのめる。
動画には一瞬横顔が、、、

2014 Jr Grand Prix 第4戦 名古屋



近頃の様子は何分ロシア語のこと、情報が把握できずわかりまへんが、イラクリくんのコレオを見ていると、、

コチン味、ありありで。
お手手ぐぅの、拳を握る。


いつまでも、ウラジミール・コチンでいてくらはい。