有機・化学肥料も農薬・栄養剤・酵母類も投入しないで
土が肥沃化するまでの手伝いをして
その報奨として野菜を収穫するという考えでいますが
そこは人間ですから、時々勘違いして
自分が育ていてると思い込んでしまいます。
誰かが私に言ったことがありま
なにも手間暇かけて野菜を作ることをしなくても
今の御時勢
スーパーに行って野菜を買えば済むことじゃないか
ま~食べることに拘りが少ない人ならそう思うでしょう
事実私も、自然栽培を始める前は同じ考えでした。
自然農法を知ってから
自ら死の淵に立ってみると
食べることのありがたさが痛いほどわかり
改めて自然農法米の美味しさに触れて
不思議と食べるたびに回復が早かった事は
飾りごとでない事実なんです。
米飯(米粒)は誤嚥の素になるから禁止!
食事はすべてミキサーにかけてすりつぶし
更にとろみをつけたペースとしか食べられなくて
喉には優しいけれど
消化能力は低下したまま
食べても栄養はほとんど身につかなくて
体はミイラのごとき状態でした
リハビリが進んでくると
噛み応えのあるものがほしくなります
消化器官も半噛みだから消化酵素が出るので
それが各器官への栄養として還元されます
喉から手が出るほど欲しくて仕方ないけど
禁則を守らなければ
命にかかわる重大事に発展します
それでも食べたいと意を決し
食べやすいように柔らかく炊いた自然農法米を
おにぎりにして恐る恐る食べてみると
涙がこぼれてきました
こんなの美味しいものを
今まで当たり前のように食べて
ありがたいとは知っていても心からは感じていた?
只、嬉しくて、美味しくて・・・
再び食べることのできる命を得られた…
すべてが感謝に変わりました。
ただ噛むという行為ですら
ありがたいと思えるのです。
嚥下も引っかかることなく食道を通過
胃の中に入ると活発に動くのがよくわかります
すると臓器は、獲物を得たかのように活発化して
そこからの回復というものは早く
退院してからの食事は
とろみも撹拌の必要なく
普通の食事が食べられるようになっていました。
大きな経験を経て問いかけてみたいです
なぜ育てるのか?
ほかの人はどうなんでしょうね?
・新鮮な時にすぐ手に入る
・ガーデニングで植物を育てることが好きになり
その延長で畑作に目覚めた
・実家もしくは家業が農家でそれに順じた
ほかにもあるでしょうが
土を育てるために野菜を育てる人は?
そんな問いかけで答えてくれる人は少ないと思います
だって、
土を育てたって土が食べられるわけじゃないですからね
では土が肥沃でないと野菜が育たない?
決してそうじゃないですね
痩せ地でも育つ野菜はいくらでもあり
それらに肥料を与えると
逆に育たない場合も往々にしてあります。
まったくの勘違いなんですよ
肥料を与えないと野菜が育たないというのは
戦時中の食糧難の折
窒素養分を化学的に精製して土中投与すると
野菜の生産性が飛躍的に向上して
食糧難を回避した遠因により
日本が窒素肥料を投入を推奨したことで
時を経るに従い刷り替わったのかもしれませんね。
わざわざ投入するまでもなく
還元という自然界のプロセスを知ってしまうと
人為的肥料の投与は
必要不可欠でないと思えてきます。
実際、与えなくていい野菜に肥料を投与して
収穫を得られないとか実入りがないとかを聞くと
根本を誤解していることが分かってきます。
それはどういう解釈かと言うと
土地に含まれる栄養が貧弱であればあるだけ
尚の事、一生懸命に光合成をして
植物体組織を生長させ開花結実するのですから
つまり衰える期限を知って次世代に繋ぐために
勢いがある間に実を結ぶわけです。
余るほどの栄養が常に供給されるということは
限界がぼやけつつ茎や葉が茂り続け肥大化します
枯れることが遅くなるため中々実を結ばないし
ある日突然枯れる時点が訪れてくるけど
実入りがない。
これがいわゆる
”肥料ボケ”といわれる状態をいいます。
どうしても
大量に養分を吸収する野菜もあります。
だから肥料が必要なんだ!
それはそれで正論です。
簡単に早く収穫するならそれでもいいでしょう
しかし、先程も述べたように
還元する方法を知っていれば
肥料を播く・漉き込みや撹拌・埋設などに掛かる
労力は半減し費やす経費や時間も省くことができて、
労力は他の作業に充てられるかももしれませんね。