此処最近疑問に思う事があります

固定種というのはそもそも地元に根付いた野菜だから
地元にちなんだ名前が付く事が往々にしてあります

だから其の種も本来なら地元で生産されていれば
納得いくのですが

ただ単にネームバリューだけが先行して
海外で・・・しかも・・・○国産では気候風土も違うから
喩え栽培条件・環境が似通っていても
国内で作られていた品種とは別物になってしまうのでは?

妥協したとして環境が似ているとか、本来の生産地域に近いとか
という付帯条件が付けば納得できるかもしれません


遺伝子レベルで同一でも、環境が極端に変化しているから
採種を繰り返すたびに品種の持つ特徴が徐々に違っている?
いや・・・失われつつあるのでは?
此れは国内であっても同じ事が言えます


交雑の危険性もあるので、微妙な変化が出ても素人では解らない
特に品質管理には疑問が多い場所だけに
別の種が混入しても・・・”これくらいなら少々 大丈夫 問題ないよ”
程度の認識であれば大いに問題といえます。

それも これも 元はといえば
国内で自家採取する手間を惜しんで
生産と流通に重点を置きすぎた代償かもしれませんよ

先駆者が苦労して長い年月をかけて改良に改良を重ね
やっと固定した種を
「ほかに作りやすい品種がある」
「他の品種の方が収量が多い」
「人気(需要)が低下してきたから」
見向きもしない、関心も薄いから自家採種を放棄

では・・・問いたいです・・・

消費者のためにそして生産者のために
先陣が長い間費やした苦労と時間は何だったのですか?

だけど生産者(農家)も犠牲者なんです
消費需要の拡大から生産に追われても
生産労働(手間)に対する対価が見合わないから
手間を極限まで省いても追いつかない

何故かというと
全てではないが農業政策や事業の打つ手打つ手が空回り
後手後手政策に振り回され受益者負担は増加する

経済発展云々よりも本当に底力がある国というのは
輸入率が低く一人当りの食料自給率が高い国で
日本の食料自給率は40%と、先進国の中でも低い水準です

日本が作り出したものを日本で・・・
いや日本が日本人が継承しないで他人任せでいいの?

日本人の誇りは何処にいってしまったのでしょうか

自然栽培のりんごの話・・・感動しました

其れと同じくらい・・・いや・・・表に出ていないだけで

野菜の品種固定には、それ以上の苦労があったはずです

「たかがタネでしょう」 などと一笑に伏せること?

りんごの話を知っている人なら 笑えないです

自家採種について真剣に見直す時期かも知れませんよ