先月の末頃に掲載した記事の解説です

天地無用は重要な荷物等に見られる文字ですね

天地無用→(テン)(チ)転(テン)ジテ(モチ)イル(ナ)カレ

つまり
天面を地面に反転して使用すること無かれ
完全な禁則事項を表します。

此処では、無かれ=いけ・(無)ない と解釈するので
天地を反転してはいけないを略して転地(反転)無用 となり
抜けている言葉は「反転」という文字が当てはまります。

一方
心配無用 →心を配る(案ずる)こと用いる無かれ
こちらの無かれ=し・(無)くともよい
心配しなくともよいを略して心配無用または心配御無用

これは相手を気遣う心理を込めている為

しんぱいするな!と断言してしまえば冷たくなるので
心配しなくても良いよ♪と柔らい言葉に解釈してしまいます

「するな!」と言うところを「しなくともよい」 と言い換えてしまう
気配りを察して曖昧に言い返す
此処に日本人の奥ゆかしさがあるのですが

文章全体は否定的であるけれども、どちらにも捉えられる
否定してるのに「よい」という日本語の表現が曖昧と誤解を生みます

此の通り「無用」という言葉にはどちらとも受け取れる
曖昧かつ誤解されやすい意味を持つ文字といえます。

心配無用の解釈に沿って天地無用を説明すると
「天地を逆転しなくてもよい」と解釈してしまい、
絶対的な禁則事項と違い、
どちらでも構わないという曖昧な解釈に摩り替わる

「無用」という絶対・相対的意味が二つ含まれる文字は、
「無用」の前に掛かる文字や全体の意味を把握しておかないと

単語の羅列だけで解釈すると、意外な誤解が生じるので、
此処に日本語の難しさが存在します。

此の微妙な言い回しは、他の言語では見当たらず
相手を慮って返事を返してしまうので
日本人は曖昧ではっきりしないと誤解されていました。

微妙な言い回しは、
その使い方で心の些細な動きを伝えようとしているので
其処で暗黙の了解(=察する)というものが生まれます。

ただ、Yes or Noが明確な相手には
少々伝わりにくい言葉や表現といえますね。