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サクラキャンドルは平成の馬ですが、太さんと軍団の昭和時代の歩みが伏線になっています
小島太さんは1995年秋、騎手引退を表明されます
関西のビッグレースを勝ったことの無かった太さん(下注1)、引退の花道に、きっと菊花賞あたりを勝つのではないかと直感しました

直感の理由は、「太は関西で嫌われている」と思っていたからでした
「華のある騎手」などと呼ばれ、よく遊んだ太さん
スカした奴だーー関西人ならそう思うかもと、関西の田舎で幼少期を過ごした私は思いました

決定的だったのは、昭和53年、ダービー初勝利のサクラショウリでしょう
下の画像はそのときの成績表。斜行して4万円の過怠金を取られています(「優駿」7月号から)



 

そして、翌8月号!
進路妨害ともとれる斜行がなければ2着のアグネスホープが勝っていたと京都の読者の投稿が掲載されます

その年の菊花賞は、仇を討たれるかのように、サクラショウリは単枠指定で5着に沈み
翌54年は単枠指定ビンゴガルーで3着
56年、単勝41%を売り上げた単枠指定、サンエイソロンで2着
あげく、新馬で乗ったサクラスターオーは、東信二騎手に乗り変わられて62年の菊花賞を勝ってしまいます
菊花賞、勝たしてもらえないね、三冠騎手になるのにねぇ・・・・
関西でヒール役を務め続けた太さん、引退のときはきっと主人公になるだろうなーーそれが私の考えでした

しかし、1995年、菊花賞はブービー人気馬
あげく、サクラチトセオーが秋の天皇賞を勝ってしまいます
勝利者インタビューで、まだまだ乗れるんじゃないですかと聞かれると
「かんべんしてください」と、うつむく表情がわざとらしい
おいおい、本当に引退するのか?と疑心暗鬼が生まれました
引退を延期して、来年の春の天皇賞を勝つんじゃないか・・・

そう思った途端にサクラキャンドルがエリザベス女王杯を勝ってしまったのでした(泣)

 


インタビューで太さんは言いました
「関西の皆さんの前で勝ててよかった」
くそーっ!! やっぱ京都で勝ったかー!!
サクラキャンドルの単勝2650円。千歳一遇のチャンスを逃したのでした
(次回は、サクラローレルが本命だったを投稿予定)

今日のひと言(Today's Phrase):

 疑心暗鬼を生ず(Doubts beget douts)

注1:太さんは昭和54年、サクラショウリで宝塚記念を勝っています
ただ、この頃は八大競争と呼ばれ(5つのクラッシックと年2回の天皇賞、有馬記念)、宝塚記念は賞金は高いけど、(特に関東では)メジャーではありませんでした

事実、中央競馬会のPR誌「優駿」では、八大競争では作家などが観戦記を書いていましたが、宝塚は一般の重賞と同じ扱いでした

おまけ:
かとうれい子さんは、愛媛県大洲市の「きらめき大使」をされています
動画は、大洲市合併記念曲「100年後僕らは・・・大洲より

大洲市の清水市長が去る3月30日に急逝されました。ご冥福をお祈り申し上げます。