芦沢央の原作。彼女の原作では「罪の余白」もなかなかの問題作だった。

吉岡秀隆、高杉真宙(最近、波瑠と結婚)共演の刑事ドラマということで、期待して観たのだが、想定していた以上に重いテーマを扱っていたので、視聴後はやや暗い気持ちになってしまった。

 

全5話だが、3話までの展開が今一つ波に乗り切らない感じがした。

その理由はおそらく、物語の軸となる1996年に起きた事件「戸川事件」の容疑者・阿久津弦(野田洋次郎)が早い段階で登場し、彼の周辺の人物、出来事が語られるからだろう。

見ている方は秘密や謎が少なく、事件の核心に迫っていく緊迫感も薄いと思ってしまう。

しかし、その印象は4話以降で大きく変わる。

 

平良刑事(吉岡)と大矢刑事(高杉)による阿久津弦の母親・栄子(キムラ緑子)への聴き取りで、この事件に潜むひとつの大きな闇が明るみになってくるあたりから、この作品が本当に描きたかったことが徐々に見えてくる。

MATTは大矢刑事が事件のカギを握る人物である平山という女性の娘に会って、居酒屋で聴き取りをするシーン、娘が「あたし妊娠しないから」の言葉で、事件の真相に近づけた。

 

「戸川事件」で、障碍者支援の塾を経営する戸川勝弘(宇野祥平)を殺した阿久津弦の動機が明らかになることで、この事件の全体像が見えてくる。

その背景にあったのは、かつて存在した悪法「優生保護法」だった。

MATTもぼんやりとは理解していたつもりだが、こんなとんでもない法律が1996年というかなり最近まで存在していたとは、、、と驚愕した。確かにそのころよくニュースでやっていたな、と記憶が蘇る。

 

当時は精神薄弱者と呼ばれていたそういった人たちへの心無い差別や、無理解な教育が阿久津を苦しめていた。今であれば発達障害だったり、医学的にもっと前向きな捉えられ方をしていたはず。時代がそれを許さなかったために起きた悲劇。

 

タイトルの意味がずっとわからなかったのだが、ラストシーンで明らかとなる。

平良刑事による事情聴取の中で、阿久津が語る昔話が心を締め付ける。

ある時、補導された阿久津を戸川が警察に迎えに来て自転車で一緒に帰る道中、暗い道を前を走る戸川の背中が阿久津を導くというシーン。

右へ、左へ、曲がる方を手で差す戸川を見て、阿久津は自分を導いてくれる存在だと思った、と語る。

 

しかし、そんな戸川も優生保護法に対しては何の疑問も持たず、阿久津に子供が出来ないような手術をすることを勧めていた。

「この世に生まれて来なくてよかった子など一人もいない」

戸川が語るその言葉をよりどころに生きてきた阿久津は、その事実を知った時に文字通り「道標(どうひょう)」を失ったのだろうか。

 

吉岡秀隆はシリアスもコメディもどちらも独特の間と雰囲気で、彼の個性を前面に出した役作りで見ごたえがある。どんどん味が出てきて、とてもいい。

また高杉真宙は、演技にとても真摯に取り組む役者さんらしく、このドラマでも吉岡とがっぷりと四つに組んで好感が持てた。

(MATTの中では「おいハンサム!!」での大倉学役が最高だが)

 

阿久津の同級生で彼をかくまう長尾豊子役の瀧内公美。

彼女のこういう役は初めてだったので、違った面を見られてよかった。

キムラ緑子はさすが、圧巻の演技。感情の発露が凄まじい。

瀧内公美。

阿久津弦への感情が次第に狂気を帯びた愛に変化していく表現力が素晴らしい。

 

宇野祥平も出番は少ないが、存在感が出てきた。

そのほか、和田正人、吉岡睦雄、映美くらら、朝倉あきなどいい俳優が脇を固める。

坂元愛登は「ふてほど」以来、色々な役に挑戦している。期待したい。

 

劇中では阿久津弦のストーリーと並行して、平良刑事の不登校の息子が自殺を図るお話、そして阿久津と交流するようになる波留(おお、字が違うがまさかのニアミス!)という父親から虐待を受けている少年のお話が語られる。

平良刑事の家庭も、波留少年の家庭もどちらも健常者の家庭だが、子育ての点では上手くいっているとは言えない。

障碍者でなくても、家庭や子育てには苦労する。

その事実が優生保護法の中の障碍者への人権侵害に光を当てる。

 

多様性に富んだ社会というのは、民族・人種だけが対象ではない。

多種多様な個性を尊重するということである。

それを考えるきっかけになるようなドラマだった。