2008年公開のタナダユキが32歳の時の監督・脚本作品。
「浜の朝日の嘘つきどもと」や、「マイ・ブロークン・マリコ」など、心に刺さるヒューマンドラマが
印象に残っている。
主人公の佐藤鈴子を演じる蒼井優の瑞々しいこと。今ではすっかり大人の女性だが、20代前半、壊れそうなガラス細工のようなたたずまいが、自分としっかり向き合えない鈴子という女性を体現しているかのよう。
蒼井優はその独特の間や表情で、どんな役をやっても「魅せる」ことができる女優さんだと思う。「宮本から君へ」「スパイの妻」「阿修羅のごとく」など、どの役も蒼井優が演じたことで、その役の魅力が増幅する。
本作では自分と向き合うことから逃げて、居場所を転々としていく女性を演じているが、心の奥深いところに隠し持っているものを、時折儚げな表情の中に見え隠れさせる。
その繊細な演技力を20代の頃にすでに持ち合わせていたとは、あらためて凄い女優さんだと感じた。
物語は、鈴子が家族や今の生活から逃げるように街を出て、居場所を転々としていくロードムービー。拾ってきた猫をルームシェアの同居人に勝手に捨てられたことに激怒、その同居人の家財を勝手に処分してしまい、刑事告訴され前科者になってしまう。
そのため、近所の目が気になり家族に迷惑をかけるからと、家を出て引っ越しに必要な資金=おおよそ100万円が貯まると、次の街へと転々とする生活が始まる。
行く先々で、住人たちから温かく迎え入れられるのだが、彼女自身が心を開かないため、すれ違ったり衝突したりを繰り返す。
ある地方都市のバイト先で、中島(森山未來)という男に出会い、やっとお互いに好きと言える関係になり恋人同士になるが、中島はバイト先の新人女子と仲良くなり、鈴子に頻繁に金を借りるように。鈴子は我慢できなくなり結局別れてしまう。
失意のどん底の鈴子のもとに、いじめられっ子だった弟からの手紙が届く。
そこにはかつて前科者と罵ってきた知人たちに、真向から立ち向かった時の姉の姿に勇気づけられ、逃げずに生きていく決意をしたと書かれてあった。
涙する鈴子。弟が尊敬した姉は、自分から逃げっぱなしだった。
鈴子は今度こそ弱い自分と向き合い、家族や友人とは言いたいことを言い合える関係を築こうと強く誓う。
バイト先を辞して駅に向かう鈴子を、自転車で追いかける中島。
中島は実は鈴子の貯金が100万円に達しないよう、お金を借りていたのだ。
彼自身も鈴子と同じ、自分の本当の気持ちを言えない弱い男だった。
ラストシーンで、駅の階段の上と下で視線が交錯する二人。
二人はお互いを認識したかのように見えたが、鈴子は一言「来るわけないか」とつぶやき、歩き出す。
これはお互い視線を合わせたように見えたが、実はそれぞれ違う場所にいた、という演出だったのか、はたまた鈴子なりの、この街での生活への線の引き方だったのかはわからない。
けれども、人の出会いには必ず別れがある、と悟った鈴子にとっては自然な別れだったのだろう。彼女が人間として成長していくために。
17年前の映画なので、出演者が皆若い。
鈴子の両親役のキムラ緑子、矢島健一、海辺の町編の竹財輝之助(金髪でチャラ男)、安藤玉恵、山あいの村編の佐々木すみ江、ピエール瀧、笹野高史(は、あんまり変わらず・・・笑)、ある地方都市編の堀部圭亮、山中崇、中村靖日らも。
また、冒頭のルームシェアの同居人の彼女には平岩紙、弟の学校の先生に江口のり子がちょい役で出演。今では二人とも名バイプレイヤーだ。
弟の拓也役の齋藤隆成は、2004年に「光とともに…〜自閉症児を抱えて〜」という篠原涼子主演のドラマに自閉症の子という難役で出ていたらしい。このドラマ、アメリカ駐在時代に見て、とても良いドラマだったので印象に残っている。
タナダユキ作品の、人間の弱い部分を優しく見つめる目線が好きだ。
そして蒼井優と森山未來の二人がのフレッシュな演技が、本作品を忘れがたい青春映画にした。良い作品だと思う。