綿矢りさ原作の映画は、「ひらいて」「勝手にふるえてろ」と見てきたが、彼女の世界観は好き嫌いがはっきり分かれると思うし、男性にはあまり響かないのではないかと考える。MATTにはなぜか刺さるので、今回も期待してチョイス。

 

更に、映画は大九明子が監督・脚本、主演がのんということで間違いなく観るべき作品。彼女の最近の作品ではNHKの「照子と瑠衣」がよかった。

大九作品は、結構シリアスな場面を描いているにもかかわらず、独特のセンスでコメディタッチを混ぜ込むことで、一流の笑いで物語を明るいものにしているのが特徴。

大脚本家の先生が、一生懸命コメディを作ってもちっとも面白くないこともあるが、大九明子の作るコメディは、いつも最高に面白い。

のんは彼女しかないだろうという完璧な役作りで、原作の綿矢りさ、脚本の大九明子の描くヒロインを活き活きと演じている。

 

綿矢りさの描くヒロインは悪意ある言い方をすると、かなりのこじらせ女子となるのだろう。

そんな表面的な評価は置いておいて、この映画のヒロイン・黒田みつ子(のん)も、かなりめんどくさそうな女子でありながらも、決してぶっ飛んだ変人というわけでもない。

少し繊細で、奥ゆかしく、内省的で、自分に自信がない。根はとても優しくて、優しいがゆえに傷つくことが怖い、怖い思いをするくらいなら一人で穏やかに生きていきたい。でも、外の世界との接点は持っていたいし、誰かに自分の存在を知ってもらいたい。

 

こういったキャラクターを、ある程度の嫌悪感も感じさせつつ、でも放っておけない人間らしさも

持たせて演じるのは至難の業だと思うが、のんは彼女なりの解釈で完璧に演じ切っていると思う。アラサー女子の夢と希望と絶望を、情けないけど、パワフルに体全体で表現している。

のんは、一時色々あって表舞台から消えたが、誤解を恐れずに言うとあれがあって良かったのではと思ってしまう。それは、「あまちゃん」のヒットのまま民放のドラマに出て、変な手あかにまみれにならなかったからこそ、ダイヤの原石が素晴らしいダイヤに成長したのではないかと。彼女の女優としての魅力は、まだまだ輝きを放ち続けるのではと思えた作品だった。

 

共演者は、みつ子が恋心を寄せる年下の営業マン・多田くんに林遣都。これまたいい俳優をキャストしている。林遣都はマジメ~ちょい変の男まで幅広く演じることができる役者さん。

山田真歩、岡野洋一も出演しているが、みんなNHKの「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」に出ていた。大九明子お気に入りなのだろうか。

 

片桐はいり、臼田あさ美というキャストもナイス。

また、あまちゃんファンにはたまらない、橋本愛との7年ぶりの共演と言うのも憎い。

橋本愛演じる皐月に会いに行ったローマの家で、二人が泣きながら微笑みあうシーンは、そこはかとなく美しい。

のんと橋本愛。

この映画から4年後の「私にふさわしいホテル」でも共演。

 

作中、みつ子の心の中に潜むもう一人の自分ともいえる存在「A」に、声だけの出演で中村倫也が。とにかく声のいい彼をキャストしたのは良いセンス。

この「A」とみつ子の心の中の掛け合いは、物語のキーとなるので二人の息がぴったりなのが素晴らしい。

 

面白かったのは、物語終盤でみつ子の想像の世界で「A」が具現化されるシーン。

砂浜でみつ子の前に現れた実体化した「A」役は、赤と白の縞々の派手な海パンを履いた、ややたるんだ肉体の、前野朋哉だった。同じ「ともや」でもそっちかーい!と。

前野朋哉の名前がクレジットされていて、ホテルのフロントのシーンでちらりと姿を見せたので、まさかのちょい役?と思っていたら、このシーンだったから爆笑である。

さすが、大九明子。

 

心の中の「A」とお別れをして、自らの意思で生きていく決意をしたみつ子。

多田くんと沖縄旅行に行くラストシーン、しかしまだ自分だけで道を切り開くのを躊躇しているようにも見える。

そんなに人間一気に成長できない。

でもだからこそ、不器用でもがきあがくみつ子にエールを送りたくなる。

のんが、全身全霊で魅力的なキャラを演じたこの作品。心に残る一品だった。