兵庫県の高校演劇部の顧問教諭による戯曲で、第63回全国高等学校演劇大会にて最優秀賞を受賞した作品が原作。
数々の高校で上演されたほどの人気作だけあって、映画版も短い尺の中で様々な人間模様が巧みな構成で描かれていて、ぐっと物語の世界に入っていける。監督はピンク映画出身の城定秀夫。
オリジナル脚本の舞台が夏の高校野球一回戦だったため、甲子園の撮影が予定されていたらしいが、許可が下りず実現しなかったとのこと。
しかし、平塚球場で撮影された地方大会予選のシーンのみでも、若者たちのアオハルな世界が活き活きと描かれていて、とても良い雰囲気だ。
ヒロインで演劇部部長のあすは(小野莉奈)とひかる(西本まりん)の二人が、アルプススタンドのはじっこの方で、野球の応援をしているところから、物語は始まる。
二人は野球をまったく知らないし興味もないのに、学校の応援行事で連れてこられた。
そこで、ちょっとわけありな雰囲気を醸し出している元野球部の藤野と出会い、英語教師の厚木、野球部のエース・園田を密かに想う眼鏡の美少女・宮下(中村守里)、園田とつきあっている吹奏楽部部長の久住(黒木ひかり)らによる人間模様が繰り広げられる。
前半はあすは、ひかる、藤野の3人による他愛もない会話に、時折厚木が絡んできて、物語は大きくは動かない。
中盤になり、ずっと一人で佇んで試合の行方を観ていた宮下が絡んでくることで、それぞれの人物の内面が語り始められ、物語が動き出す。
あすはが部長だった演劇部が関東大会に行けるはずだったのに、直前になって部員のインフルエンザ発症で行けなくなったこと、その原因となった人物が仲の良いひかるだったこと。そのためひかるが必要以上にあすはに気を遣っていること。
一生懸命頑張ってもレギュラーになれず、園田との実力差を見せつけられて自信を失い、挫折の末に退部した苦い過去を藤野が持っていること。そして自分より下手な矢野が野球部に残り、いまだにレギュラーにもなれないことを内心嘲笑していること。
園田と付き合っている久住と、園田に片思いの宮下は恋でも勉強でもライバル同士であり、互いの間に、埋めがたい溝があること。
それぞれ胸の奥底に秘めたモヤモヤがあり、それが中盤以降の厚木の熱い(暑い?)応援とハッパによって、まずはひかるが胸のモヤモヤを応援にぶつけ始める。
そうしたら、堰を切ったかのようにあすは、宮下、藤野も思いのたけを応援にぶつけていく。
やがてその波は吹奏楽部の久住にも届き、文字通り生徒たちの気持ちが一丸となって、グラウンドの球児たちに向けられる。
ここまで、一切グラウンドのシーンは映らない。
演劇だと当然だが、映画なのに野球のシーンが全然描かれないというのもいい。
むしろ役者たちの目と表情だけで、グラウンドで繰り広げられている熱戦がまぶたにうかぶようで、吹奏楽部の応援演奏も相まって臨場感あふれるよい演出だ。
誰しもが経験のある、まだ青く若いころの苦い思い出とか記憶が、最後の応援のシーンで蘇ってくる。苦しいことや、忘れたいこともたくさんあったが、それでも覚えていたい記憶は、みんなと分かち合った楽しい時間だったり、夢中になって何かを成し遂げたりといった記憶だ。
それらが「アルプススタンドのはしの方」で繰り広げられていた。
決して、グラウンドの中心で脚光を浴びている彼らみたいに光り輝いてはいないが、しかしスタンドで応援している間は、間違いなくかけがえのない同じ時間を生きている。
試合は結局強豪校相手に、はかなく散ってしまう。
高校の演劇部の戯曲として、よくできた作品だと思う。
そして城定秀夫の演出や若い役者さんたちのフレッシュな演技もあり、記憶に残る佳作になった。
主演の小野莉奈は、あのYOSASOBIのikuraちゃんと中学時代の同窓で親友同士。まだ25歳の魅力あふれる女優さん。今後活躍の場が増えればと思う。
西本まりん、中村守里などの若手女優にも注目したい。
小野莉奈。
「中学聖日記」では、当時フラームに在籍していたこともあり、有村架純と共演。