石川慶監督の作品は過去に「Arc アーク」、「イノセント・デイズ」などを鑑賞し、好きな画を撮る監督さんとして心に残っていた。

 

今回の「愚行録」も期待通りの重厚さで、各カットがとても繊細かつ丁寧に撮られており、複数のストーリーを複雑にし過ぎず、平板にもならないちょうどいい頃合いで紡いでいる。

観る側が迷子にならず、少し余韻を持たせるように見せてくれる。

 

そしてなんといっても主演の妻夫木聡と満島ひかりの演技の質が高いことから、冒頭からエンドロールまでぐっと物語に没入できる。

衝撃的なラストに至るまで、兄妹である二人の間に流れる一種異様な親密さというか、他者を寄せ付けない空気は、二人の実力派俳優の芝居があってこそ。

 

また本作は2017年の作品だが、今は売れっ子の俳優が多数出ておりそこも見どころだ。

 

冒頭では酒向芳が役名無しで出演。

小出恵介はこの映画を撮影後に問題を起こし、表舞台から去ってしまったが、役者としては実に味のある俳優だっただけに残念である。

 

その小出恵介演じる田向に酷い目に合わされる女性役に、松本まりか。

少しの出演だが、いい演技をしていると感じた。

物語の軸となる田向一家惨殺事件において、その田向の妻となる女性・夏原に松本若菜。

臼田あさ美、中村倫也なども出演している。皆、現在は一線で活躍している俳優さんたちだ。そのほかにも眞島秀和、市川由衣、山下容莉枝、平田満、濱田マリ、梅舟惟永らが出演。無名時代の前田公輝も学生役で出ていた。

 

主人公の二人以外では、短い出演ながら松本まりかの演技が光っていた。

特に渡辺(眞島秀和)から酷い言葉を投げつけられた時の表情などは、自然な表情で印象に残った。

 

また松本若菜は当時33歳だったが、今の方が若々しく可愛らしい。

当時の彼女はアルバイトなどしながら俳優業を続けていたそうで、だからやや疲れた感じがするのだろうか。

演技もこの作品ではやはり脇役感が強く、現在の彼女が、当時と比べて役者として大きく成長しているのがよくわかる。

 

雑誌記者の田中武志(妻夫木聡)は、一家惨殺事件を取材するために田向夫妻の友人・知人に会い、田向夫妻についてインタビューを進めていく。

その過程で皆がそれぞれの視点で田向夫妻を語るうちに、夫妻の本当の姿が見えてくる。

 

決して善行のみで生きている人間などはいない。

キリスト教における「原罪」ではないが、生きるということは自らが安全かつ幸せに生きていくために、利己的になり他者にとっては迷惑になるようなことも、知らず知らずのうちにやってしまっているのかもしれない。

 

だが、それを意図して行うとなるとそれは話が違う。

そしてそれこそが社会における愚行であり、この映画の登場人物は皆、何かしらそんな愚行の数々を行ってきた人々だ。

 

けれどそれらのエピソードは、最後の最後に田中とその妹の光子(満島ひかり)の二人が犯した罪に比べると、可愛いものに見えてしまう。

あまりに過酷な運命を背負わされた兄妹だが、だからといって犯して良い罪などない。

 

物語の冒頭で、酒向芳演じる初老の男が田中に対し老婆に席を譲れと叱責するシーンがある。ある人の正義はある人にとっては、愚行に見えてしまうこともあるかもしれない。

またそれは勘違いや思い込みだったり、被害妄想による場合もある。

 

そう考えると、その後のインタビューで各登場人物が行った数々の行為も、その延長線上にあったのかも、ともとれる。

ただそれらの行為は決して正義のうえに成り立ってはいなかった。

悪意にまみれたものばかりだった。

では、人生のあらゆる局面において悪意にさらされ続けてきた田中兄妹に同情してよいのだろうか。

それは難しい。そこがこの物語の実に胸糞悪いところというか、カタルシスの無いやるせなさ、である。

 

石川慶監督の作品を観ると、じっくりと自分と向き合うような感覚になる。

正直、疲れている時に観る作品ではない。

しっかりと睡眠をとって心に余裕があるとき限定であれば、お勧めの作品である。