1997年の作品。
90年代というのはバブル崩壊後、日本人がみな大きく自信喪失し、震災やテロ事件など世相も混とんとしていた。社会人になったばかりで、人生前向きで幸せだったと思うが、今思えば全体的に霞がかったような暗い景色が広がっていた、というイメージだ。
そんな時代を表現するに、黒沢清監督の作品はピッタリに思える。
天気は晴れているのになにか靄がかかったような暗い画面。(そう見えるだけ?)
心を不安にさせる様々な音。
役者のセリフはどこか棒読みのような言い回し。役所広司ですら、大根役者のような棒読み風セリフになる。しかし、そのどこか他人事のように話す人たちが、また観る者を不安にさせる。
黒沢ワールドは、彼の名前を世界に知らしめた本作ですでに完成されていたようだ。
約30年前の映画なので当然みな若い。
主演の高部刑事を演じる役所広司、その妻・中川安奈。
同僚の佐久間にうじきつよし。事件の鍵を握る謎の男・間宮に萩原聖人。
そのほか、戸田昌宏、でんでん、諏訪太郎、蛍雪次朗、洞口依子、大杉漣、なども若々しい。
田中哲司に至っては、まだ端役だったのかどこに出ていたかわからなかった。
(調べたら取調室で間宮の服を脱がせた時にいた刑事だったとか・・・)
連続する猟奇殺人事件を追う高部刑事の前に、間宮という謎の男の存在が明らかになる。
この男は元医学生だったのだが、精神医学に傾倒していくうちに何か深い闇に陥っていったらしい。
そのエピソードに100年前に起きた「千里眼事件」が絡んでいるのでは、という佐久間の推理が出てくるが、「千里眼」と聞くと同時期に公開された「リング」を思い出す。
「リング」でも過去の千里眼事件にヒントを得たと思われる、山村貞子が登場しおどろおどろしい世紀末の物語りが展開された。
やはり暗い時代が求めていたテーマだったのだろうか。
高部の妻が精神を病んでいるという設定が、中盤から終盤にかけての物語りに大きく影響してくる。
会話が全くかみ合わず、明らかに精神を病んでいるのではと言う風に見える間宮。
何を聞いても、どう説明しても二言目には「あんた誰?」。
間宮のことを途中までただの精神破綻者と思って見ていた聴衆も、大杉漣演じる警察幹部の問いかけに対し、「本部長の藤原さん、あんた誰?」と聞くくだりで、その真の意味を知る。
自分が何ものか、今の自分は本当の自分なのか。
その問いかけ自体の恐ろしさ、恐怖を感じる瞬間だ。
劇中で何度も精神病院が出てくるが、その病院の環境があまりに酷い。
荒れた庭に、薄暗くまるで刑務所のような院内。
これを見ると、やはり精神異常者を題材にした傑作奇書「ドグラ・マグラ」を想起した。
あの小説も、読み続けるうちに底知れぬ恐怖を感じざるを得ない。
黒沢清作品は、不安定な自己の中に入り込んでくる得体の知れない何かに蝕まれていく恐怖を描いたものが多い。
こういった主題が苦手な人にはイマイチかもしれないが、好きならドはまりするだろう。
それに加えて、映画に芸術性を求める人には最高の映画監督に違いない。
本作でもロングショットや、舞台劇のようなカメラワーク、印象的な音響技術など存分に黒沢ワールドが楽しめる。
最近時の黒沢清作品は大体観ているので、「CURE」と同年代の作品をもっと観てみたい。
蛇足だが、、、
高部の妻・文江の主治医である精神科医役の河東燈士。
元・NHK教育のテレビ番組のお兄さん役だったこの方、映画公開の半年前に亡くなっている。
ネット上でもそれ以上の情報はない。アンコ型にまん丸に太った体形が、この作品の不安な空気にぴったりで印象に残った役者さんだった。。。