「エルピス-希望、あるいは災い-」 「アンチヒーロー」 最近では「クジャクのダンス、誰が見た?」などでも描かれた、冤罪がこの作品でもテーマになっている。

 

「アンチヒーロー」の中で紹介された「10人の真犯人を逃すとも、1人の無辜を罰するなかれ」という言葉を思い出す。この概念は「クジャクのダンス、誰が見た?」の中でも松山ケンイチ演ずる弁護士の口から発せられていた。

 

正義というものに固執しすぎると真実が見えなくなる、または真実から目を背けてしまい、結果、正義が実現しえなくなる。

大切で確かなのは頑な正義ではなく、正しくあること。

本作の準主役ともいえる捜査一課の又貫(山田孝之)は正義感に燃える刑事だったが、最後には正義(この場合は警察にとっての正義=捜査方針)を捨て、正しく生きることを選んだ。

 

ドラマ版の方がきめ細やかなストーリー展開で厚みがあるかもしれないが、「新聞記者」はじめ多数の映画、ドラマで実績のある藤井道人の確かな手腕で、2時間の尺の中に主人公の苦悩と生き様が余すところなく表現されて上質のサスペンスに仕上がった。

 

逃亡する殺人犯であり死刑囚の鏑木慶一には横浜流星。若いがしっかりとした役作りができ、高い身体能力からアクションもキレがあるので、今回の主役はナイスキャスト。

 

そして彼と心を通わす安藤沙耶香役には、近年演技力が評価されている吉岡里帆。彼女の最近の役を見ていると、化粧っ気のない役が多い。

(映画「落日」の甲斐真尋役など典型だった)

数多いる女優の中でも美形の彼女、きっと外見に左右されない役をやりたいのではと感じている。そのため非常に演技力を求められる役が多くなってきている。

それだけ彼女が真剣に芝居に挑戦しているからだろう。

 

吉岡里帆。女優駆け出しの頃とは見違えるほどのいい女優さんになってきた。

 

山田杏奈は普通の少女役というのが珍しい。NHK「の17才の帝国」などそれほど多くはない。強い目力のせいでミステリアスかつ意志の強い役が多い彼女、今回はごく平均的な女の子を彼女らしく演じていて好感が持てた。

 

山田杏奈。若手では実力派の彼女。NHKの「リラの花咲くけものみち」は注目。

 

その他俳優陣もなかなか玄人好みするキャスティングだ。

又貫の上司に松重豊、鏑木が育った養護施設の職員に木野花、殺人犯に山中崇、鏑木の命運を握る目撃者の家族に原日出子など、的確な配役で絵が締まる。

そのほかにもちょい役にもかかわらず田中哲司、西田尚美、駿河太郎、宇野祥平、矢柴俊博、前田公輝、森田甘路らも観ているものを安心にさせてくれる。

また「ライオンの隠れ家」で好演した若手新進の宮崎優も出演。

 

宮崎優。若手女優さんで、次にくる子は彼女。

 

ストーリーは過去と未来が行き来する作りのため、よく見ていないとついて行けなくなるので注意が必要。逃亡ものは下手な作り手だと単調な展開になりがちだが、本作は中盤の紗耶香の部屋に潜伏する鏑木を確保しようと又貫が突入、鏑木が逃走するシーンなどは迫力ある演出とカメラで飽きさせることはない。

 

鏑木が終盤、又貫との面会シーンで逃亡した理由を語るシーンでの言葉、「この世界を信じたかった」という一言が印象に残った。

冤罪というのはその立場に身を置いた人にしかわからない孤独があるだろう。

その孤独をもっとも簡潔に表現した言葉だから、胸に刺さったのかもしれない。

 

山田孝之のセリフが少ないながらも存在感ある演技は必見。

 

昨今もメディアを賑わす様々な事件がある。

そこには正義というものを信じて疑わず、その裏に何が潜んでいるか、真実は何なのかを考えないで行動、発言することで世の中を単一化しようとするマスメディアと大衆の存在がある。

少なくともその中に取り込まれないようにしたい、この作品を観るとそう願いたくなる自分がいる。

 

最後に、本作の警察車両でスズキのキザシが使われていた。

知る人ぞ知る警察車両マニアの間では有名なクルマ。だが映画やドラマで使われているのを観たのは初めてだったので、なかなかやるなと。