警察庁広域重要指定114号事件、通称「グリコ・森永事件」をベースに、塩田武士の執念で執筆した小説が原作の映画。

 

ドキュメンタリータッチの作品かと思って見たら、存外に良質のヒューマンドラマであり見ごたえある作品。

それというのも原作者が「犯行に子供の声が使われた事実を知って、その子供の人生に関心を持った」からだという。

そのため、忠実に実際の事件をトレースしながらも、物語は音声を使われた3人の子供たちの人生にスポットが当てられている。

 

主人公の新聞記者・阿久津は小栗旬が演じる。

阿久津は、かつては社会部の記者だったが、その優しさから記者の存在意義に疑問を持ち、挫折して文化部に配属され、すっかり新聞記者としての誇りを失っている。

小栗旬は、こういった心優しい男を演じることが多い。とても人間味あふれる役者だ。

 

もう一人の主人公でテーラーを営む曽根俊也に星野源。

星野源は内面の葛藤を表情に出す、その露出の仕方が実に上手い。

子供の頃に意図せず録音された自分の声が、社会を揺るがす犯罪事件に使われたことを知ったあとの葛藤。更に物語終盤で、その声を録音したのが実の母だったことを知った時の絶望。彼の演技力が、このドラマのテーマである「大人の身勝手な正義が、無垢な子供たちの人生を壊した」という悲劇を伝えてくれる。

 

ちなみにこの映画、良い原作に監督・土井裕泰、脚本・野木亜紀子と下地はそろっていて、そこに見事なキャスティングが加わり、上質のエンタテインメント作品に昇華している。

 

小栗旬の同僚である松重豊、古舘寛治は関西人ネイティブで在阪新聞社の雰囲気を大いに盛り上げる。

 

阿久津の妻役の市川実日子は今更言うまでもない。

彼女が出ているだけで安心感が増すのは、なぜだろう。そのくらい彼女の演技は見ていてホッとする。

 

そのほかでも各キャストが絶妙で、この事件の社会的インパクトとかかわった人たちの光と闇がクローズアップされ、見ていて納得の嵐。

 

犯行グループのメンバーに、阿部亮平、奥野瑛太、山口祥之。

また周辺人物では、木場勝己や、橋本じゅん、堀内正美、塩見三省、火野正平、篠原ゆき子、梶芽衣子など、一つ一つの役のキャスティングが実によく練られており、リアリティが感じられて話に没頭できる。

 

またちょい役にも、沼田爆と岡本麗の老夫婦とか、須藤理沙、佐藤蛾次郎、若葉竜也、佐川満男、桜木健一、正司照枝などなど、渋くて玄人好み。

 

本作品の重要人物の生島家の子供たち、望と聡一郎には、最近注目の若手女優である、原菜乃華、そして個性派俳優の宇野祥平が好演している。

 

この作品当時(2020年)まだ16歳だった原菜乃華は、今の方がぽっちゃりしていて可愛らしいが、演技はすでに出来上がっている。子役経験のキャリアを感じる。

 

16歳の原菜乃華。今よりほっそりしてる。

 

一方、宇野祥平はどんどん味のある役者へと変貌していく。

35年もの間、地を這うようにして生きて来た男を演じていて涙を誘う。

 

宇野祥平。もうあの「桃ノ木マリン」ちゃんではない。。。。

 

阿久津は、犯行グループの中心人物である男・曽根達雄がロンドンにいることを突き止める。

曽根達雄を演じるのは宇崎竜童。これまた渋いキャスティング。

 

雄弁に自らの犯した罪と正義を論じる達雄に、阿久津は冷たく言い放つ。

あなたが正しいと思ってしたこと、社会や国への怒りと制裁が、3人の子供の人生を壊した、と。

その頃、日本でも曽根俊也の母、真由美(梶芽衣子)が、父親を警察権力に黙殺された怒りをぶつけるために、達雄に協力して俊也の声を使ったことを告白する。

 

この作品では裏で糸を引いていたのが永田町であることを示唆している。

つまりは体制や大企業に反発する犯行グループは、国家に翻弄されたことになる。

 

真相は闇の中だ。

この事件当時、MATTは16歳。ちょうど原菜乃華が演じた生島望と同じ年頃だった。

本当にこのような悲しいドラマが裏にあったかは知らない。

ただ多くの人に影響を与え、中には人生が狂った人がいたかもしれない。

 

この事件は、そんな想像の中でしか反芻できないが、いつかその真相を語ってくれる人が現れてくれないだろうか。

事件によって人生が変わってしまった人がいるとしたら、その真相を知るというのは、最低限の権利ではないかと思われる。

 

原作小説のモチーフの「グリコ・森永事件」は2000年2月に公訴時効が成立し、完全犯罪が成立、未解決事件となった。