たまやんのお勧めということでストックしていた作品。

 

菅野美穂、尾野真千子、高畑充希の各世代を代表する女優さんの競演ということで、期待できる。また監督も64‐ロクヨン‐、護られなかった者たちへ、とんびの瀬々敬久。

ピンク映画を撮っていた監督は間違いない。

 

石橋ユウという名前の子供を持つ3人の親が、それぞれの生活、家庭の中で子供と向き合い、ぶつかり、そして生きていく様を同時並行で描いていく。

 

大島優子演じる石橋耀子はある事件を起こし、塀の中にいる。

石橋耀子と同じ境遇の母親たちはこの世に数多いて、石橋耀子はもしかしたら明日の自分なのかもしれない、そういったメッセージが、彼女の存在に込められている。

 

それぞれのユウの母親を演じる3人の女優の熱演がみどころの映画であるけど、MATTはまたちょっと違ったことを考えながら見ていた。

皆、一生懸命母親として妻として生きているが、そんな女たちを支えるはずの男たちは悲しいほどに頼りない。

 

高畑充希の夫はすでに離婚して不在。

尾野真千子の夫、大東俊介はお坊ちゃんで家族のことが何も見えていない。

菅野美穂の夫の和田聡宏は、どうしようもなく弱い。

 

自分はちゃんとした夫で、父親だったのかと振り返ると全然ダメだった気がする。

だが、果たして世の男たちはみんな良い父親なのか、夫なのか?と考えてみると、そんな男は数えるほどしかいないのではないか?とか思ってしまうのだが、、、、自分のことは棚にあげて、、、笑

 

物語終盤で菅野美穂の息子のユウが「離婚するなら結婚なんかしなければよかったんだ!」と母親に言うシーンがある。

その辛辣な言葉に対し菅野美穂は言う。

「でもパパがいたからあなたたちに会えたの。パパには感謝している」と。

 

これを聞いて、男は「種」を提供することが一番の仕事で「種」をきちんと提供できたら、お役御免なのだ、と言われているのではないか、と解釈してしまった。

いささか短絡的であるし、それじゃあ世の父親、夫の存在意義は無きに等しい。

 

だが、父親の存在は母親のそれに比べて著しく薄いのではないか。

ラストシーンで、3人の母親はそれぞれの息子・ユウとの関係を再構築する。

真正面から向き合い、話を聞いてやり、母親が母親であることを実感し、親子の絆を子供たちに伝える。

これが自然にできてしまうのが母親であり、父親はこの自然な流れで子供と向き合うことができない。男と女の間に広がる大きな大きな川が、そこにはある。

 

最後に、高畑充希の関西弁を聞けたのはよかった。

東大阪市出身の彼女の大阪弁は、MATTの住んでいた地域に近いこともあり耳に心地よい。

有村架純や古くは藤原紀香の関西弁もええなあ。。。小芝風花の関西弁も聞いてみたい。

 

19歳で大阪を飛び出してしまったMATTなので、関西弁の女の子に郷愁を感じるのかもしれない。

 

生活に困窮しながら懸命に生きるシングルマザー役の高畑充希。

彼女の高い演技力が生きるいい役だった。