なんといっても横山秀夫である。
彼の書く警察小説は、外れが無い。
短編、長編、何を読んでも面白いし、心に刺さる一品ばかり。
その横山秀夫の最高傑作が「64」だ。
警察が舞台だが、なにせ主役が刑事ではく広報官というから渋い。
最初その設定を知った時、いったいこの話は何を書こうとしているのか、、、と不安になった。
おそらく警察の広報が主人公の小説って、ほかに無いのではなかろうか。
「64」は小説、ドラマ、映画、と楽しめるが、やはり小説が一番面白い。
横山秀夫の人間描写、心理描写は本当に恐れ入る。
これだけ細やかに人間の心理や内面をえぐり取るように描く書き手は見たことが無い。
そして、抑制の利いた語り口が否応なしに物語の展開に濃淡を与えてくれる。
小説で一番好きなシーンは、主人公の三上が追っていた幸田をスーパーの駐車場で偶然発見するシーンだ。
ここに持って行くまでの筆致が素晴らしい。
三上とともに読者も衝撃的なシーンを目撃するかのような感覚に陥る。
文字通りゾワゾワっとしたのを今でも覚えている。
さて、そんな素晴らしい小説をベースに2016年に佐藤浩市主演で映画が、その一年前にピエール瀧主演でドラマ(NHK)が作られた。
NHKのこのタイプのドラマは過去にも「ハゲタカ」や「外事警察」など硬派な傑作が多い。
で、結論から言うと総合的に見てドラマ版が小説の世界観を色濃く実現していたと思う。
配役はどちらの作品も原作に忠実と言えよう。
主な配役を比較すると、、、
◇映画版
三上 ・・・ 佐藤浩市
三上の妻 美那子 ・・・ 夏川結衣
三上の娘 あゆみ ・・・ 芳根京子
諏訪 ・・・ 綾野剛
蔵前 ・・・ 金井勇太
美雲 ・・・ 榮倉奈々
松岡 ・・・ 三浦友和
幸田 ・・・ 吉岡秀隆
赤間 ・・・ 滝藤賢一
二渡 ・・・ 仲村トオル
雨宮 ・・・ 永瀬正敏
目崎 ・・・ 緒方直人
秋川 ・・・ 永山瑛太
◇ドラマ版
三上 ・・・ ピエール瀧
三上の妻 美那子 ・・・ 木村佳乃
三上の娘 あゆみ ・・・ 入山杏奈
諏訪 ・・・ 新井浩文
蔵前 ・・・ 永岡卓也
美雲 ・・・ 山本美月
松岡 ・・・ 柴田恭兵
幸田 ・・・ 吉岡秀隆
赤間 ・・・ 平岳大
二渡 ・・・ 吉田栄作
雨宮 ・・・ 段田安則
目崎 ・・・ 尾美としのり
秋川 ・・・ 永山絢斗
どちらの作品も、どっちの配役がよいと甲乙つけがたい。
小説を最初に読んだのでイメージが先行するが、どの配役も的確に思える。
三上は個人的にはピエール瀧が原作のイメージにぴったりだ。
ただやはり演者の実力は佐藤浩市のほうが素晴らしい。
三上という人間は心の中に様々な複雑な感情と葛藤を抱えている。
その苦悩といらだち、それを抑え込む精神力を見事に体現しているのは佐藤浩市で、さすがと思えた。
ピエール瀧もかなりいい線いっているが、相手が佐藤浩市では仕方ないかな、、、
あと美雲役はこちらも表現者としては榮倉奈々だが、小説の美雲のようなピュアでまっすぐな女性警察官というキャラクターをイメージすると、山本美月は全然悪くない、というかむしろいい。
赤間はネチネチとした陰湿なキャラで滝藤賢一も平岳大もどちらも素晴らしい。
松岡は断然、柴田恭兵だろうか。
「ハゲタカ」の柴田恭兵もよかったが、かっこよさでは松岡参事官。
有能な若手記者の秋川は、永山絢斗、永山瑛太の両永山はともに素晴らしいと思う。
それにしても、ピエール瀧も新井浩文も、この後色々あって干されてしまった。
ともに素晴らしい役者さんなのに、実に惜しい。
役者はともに素晴らしい配役であるが、作品の世界観はドラマに軍配が上がると思う。
小説で描かれる様々な人間模様や、複雑なストーリーラインはさすがに前後編にしたとはいえ、映画の時間では描き切れない。
ドラマも1時間x5話ではあるが、やはり描写の細やかさでは断然ドラマ版でありお勧めだ。
ストーリーもしっかり要所を抑えた演出で、各話非常に楽しめた。
特に4話はこのドラマの中でも一つのクライマックスになっている。
最後に、小説を読んで三上の生き方に非常に共感を覚えたのを思い出した。
警察組織もサラリーマン社会と同じなのだ。
組織の都合、出世レース、メンツのつぶし合い、自己保身、、、、
第三者的に見れば、つまらないことにこだわり争っているように見えるのだろう。
しかし、当の本人たちは真剣なのだ。
そして皆プライドを持ってその仕事を全うしている。
愚直ながら信念を持って生きる三上という男に自分を重ね合わせ、自分も少し頑張ってみようかな、、、、と思うのだ。