今年の全英は見ごたえがあった。
松山英樹という、素晴らしいゴルファーが活躍してくれたおかげである。
最終日も本当に惜しいパットが何度もあったが、最後まで攻め続ける姿勢が見えるプレースタイルと、
日本人離れしたパワー&正確さを持ったショットは、十分世界にアピールできたと思う。
それにしても、3日目のスロープレイに対する1打罰は、そのルールの運用に関してR&Aに再考を促したい。
マスターズでの中国人プレイヤーに対して、そして今回の松山に対してのペナルティは、ある種の差別がそこに存在するのでは?と、とられても仕方ない。
なぜなら、そこに公平性や透明性、合理性が感じられないからだ。
本人は言うまでもなく、同伴者のジョンソン・ワグナーや、何よりファンが見ていて納得できないルールは、ルールとして欠陥をはらんでいると言っても、言い過ぎではないだろう。
R&Aが標榜する「プレイファースト」は素晴らしい理念だと思う。
まずはプロがそのお手本を示し、世界中のアマチュアもそれを見習うべきである。
それが、すべてのゴルファーの幸せを約束するならば。
しかし、ワグナーが言っているように、グリーンにあがってプレイに入ってから55秒以内に打たないといけない、などやりすぎの感がある。
また、いつからタイムを計測しているのか?など選手にわからない、というのも不公平だ。
アマチュアにしても、普通にゴルフをしているのに、後ろからあおられてプレーしないといけない、という状況では、ゴルフ自体を楽しめないだろう。
それが、勝負のかかっているプロの世界では、なおのことだ。
いったい、誰がこんな愚の骨頂のようなルールを作り、運用することを決めたのか。
もし、この一打罰で、優勝を逃す選手がいたら、どう弁明するつもりだったのか?
それでも「プレーファーストが大事だ」と言い張るのか?
ゴルフの本質をもう一度よく考えてほしい。
それは、「自己責任でプレーする」ということではないか。
誰かに尻を叩かれてプレーしないといけないとなると、それはもはやゴルフではない。
明らかに万人が見ても「遅い」プレイヤーに罰を下すのは、全く異論はない。
しかし、ファンが固唾をのんで見守る中、全身全霊でプレイに集中している選手に、
「早く打って!」
と警告するなど、そんなゴルフは見たくもない。
松山英樹という、素晴らしいゴルファーが活躍してくれたおかげである。
最終日も本当に惜しいパットが何度もあったが、最後まで攻め続ける姿勢が見えるプレースタイルと、
日本人離れしたパワー&正確さを持ったショットは、十分世界にアピールできたと思う。
それにしても、3日目のスロープレイに対する1打罰は、そのルールの運用に関してR&Aに再考を促したい。
マスターズでの中国人プレイヤーに対して、そして今回の松山に対してのペナルティは、ある種の差別がそこに存在するのでは?と、とられても仕方ない。
なぜなら、そこに公平性や透明性、合理性が感じられないからだ。
本人は言うまでもなく、同伴者のジョンソン・ワグナーや、何よりファンが見ていて納得できないルールは、ルールとして欠陥をはらんでいると言っても、言い過ぎではないだろう。
R&Aが標榜する「プレイファースト」は素晴らしい理念だと思う。
まずはプロがそのお手本を示し、世界中のアマチュアもそれを見習うべきである。
それが、すべてのゴルファーの幸せを約束するならば。
しかし、ワグナーが言っているように、グリーンにあがってプレイに入ってから55秒以内に打たないといけない、などやりすぎの感がある。
また、いつからタイムを計測しているのか?など選手にわからない、というのも不公平だ。
アマチュアにしても、普通にゴルフをしているのに、後ろからあおられてプレーしないといけない、という状況では、ゴルフ自体を楽しめないだろう。
それが、勝負のかかっているプロの世界では、なおのことだ。
いったい、誰がこんな愚の骨頂のようなルールを作り、運用することを決めたのか。
もし、この一打罰で、優勝を逃す選手がいたら、どう弁明するつもりだったのか?
それでも「プレーファーストが大事だ」と言い張るのか?
ゴルフの本質をもう一度よく考えてほしい。
それは、「自己責任でプレーする」ということではないか。
誰かに尻を叩かれてプレーしないといけないとなると、それはもはやゴルフではない。
明らかに万人が見ても「遅い」プレイヤーに罰を下すのは、全く異論はない。
しかし、ファンが固唾をのんで見守る中、全身全霊でプレイに集中している選手に、
「早く打って!」
と警告するなど、そんなゴルフは見たくもない。