今週1週間は大雪があったり、仕事では海外の取引先との大事な契約交渉で出張だったりと、いろいろあってあっという間に終わった感。
 
今日はお天気もよく、一日家でゆっくりと休んでいたい気分である。
 
そういえば4日の初打ち以来ラウンドしていない。
すでに2週間。
急きょ行くことになった26日のチーム・マテリアル初打ちまでないので、およそ20日もラウンドしないのは久しぶりだろう。
マカオさんなんかもうすでに3~4回行ってるらしい。。。
 
そんなこの頃なのでゴルフネタは練習かギア以外なし。
ギアに関しては先日も書いたGEWというサイトが非常に情報が早く面白い。
テーラーの新商品、R1(R系の後継)やロケットボールズの第2世代など、動画で見られる。
 
だから思ったことを徒然に書いてみるかな。
 
まず今年の初打ちだが、どうしようもなくヘボな結果であったわけだけど感じたことがいくつかあった。
 
ひとつは中途半端なゴルフをしている限り、上達はないなということ。
もっと具体的に書くと、「正しい状況判断とそれを実行する決断力」でスコアは縮まる、ということだ。
 
己の技術を考えた時に80台を常時打つのは無理としても、90台でラウンドするショットの力はあると思っている。
100を超えてしまうのは、しっかりと状況判断してその結果を正しく実行に移す力がないからである。
例え状況判断が正しくできても、それを正しく実行に移せなければ、結果は出ない。
 
先日のラウンドの敗因はまさにここで、4つあるショートのうち3つでダボだったことが、全体の流れを悪くした原因では、と推測した。
 
とにかくこの日は低い気温と凍ったライのためバンカーが非常に難しく、入れてしまうと普段はボギーであがれるところが、ダボになる確率が高かったのである。
 
そのため状況判断としてはバンカーを避けるべく、長い距離だったことから(3つとも200y級)UTやウッドを捨てて、手前からのアイアンに切り替えたまではよかった。
 
が、そのアイアンの飛距離を考えた時、どうしても届かない番手を選びきれなかったのだ。
結果、ほとんどのケースでバンカーに捕まり、ジ・エンド。
つまり状況判断まではできていたものの、実行の段階で決断に誤りがあったということ。
 
こういったゴルフは、本当に徹底してマネジメントする意思で臨まないと、中途半端にやっていてはいつになっても上手くはならないんだな・・・・・と反省しきりである。
 
それからもうひとつは、これはどうでもいいと言えばどうでもいいことだが、なぜスコア100は残念なのか?ということ。
 
以前も記事に書いたことがあるが、100叩きと言う言葉に代表されるように、
アマチュアゴルファーは100を叩く、または100切りなど、100と言うスコアになぜこれほどまでに思い入れがあるのか、ということがわからない。
 
試しに「100叩き ゴルフ」で検索すると、出るわ出るわ・・・・
 
正直、自分の目標とするスコアが達成できなければ、100だろうが105だろうが、99だろうが、97だろうが、ダメなものはダメなのだ。
 
なのに、なぜアマチュアゴルファーは「今年は100を叩かないぞ」「100にならなくてよかった」「100叩かないから俺は上手い」と、100に固執するのであろう?
 
そこでなぜそうなるのかを考えるべく、いくつか仮説を立ててみた。
 
■命題 > 100叩く、100を超えるのは何故ダメなのか?
 
■仮説 
 
①100以上叩く人の多くは初心者含む下手くそなゴルファーだから
 
  つまり100以上叩くと下手な人の集団の一部であると認識される
 
②100という見えないラインを引いて、そこの内側に収まると「よくやった」という儀式的なもの
 
  まあ、試験の合格ラインと同じようなもの?99以下だと合格!みたいな
 
③ゴルフは少ない打数であがるスポーツゆえ、2ケタより3ケタの方が悪い
 
  もちろん1ケタの打数であがることはできない。、2ケタが理想、3ケタは論外である
 
④日本では100叩き教という謎の組織があり、そいつらが「100叩きは悪」という思想を布教している
 
  アメリカではアマチュアゴルファーの多くはスコアを気にしなかった。日本だけ・・・?
 
⑤100叩きの刑、に見られるように刑罰の世界の100叩きという言葉の印象から
 
  確かに刑罰の世界の100叩き、というと悪いイメージの代名詞だな。。。
 
⑥ゴルフ業界の陰謀で「100を切ると上手い人の仲間入り!このクラブを使えば・・・・・・」
 
  的なマーケティング手法の一環。つまりはゴルフ用品会社の戦略のひとつだった
 
⑦大衆の共通認識となってしまい、もはや日本独特のゴルフ文化のひとつである
 
  いつの頃か誰かが言った「100超えて回るやつは下手くそだ」が、日本ゴルフ界の基準になってしまった。
  結果、「いくつだった?」  「100」   「うわー、やっちまったなー」 となる
 
何はともあれ、MATTも含め日本人ゴルファーの多くは100叩くと非常に残念な気分になる。
しかし何度も言うが「99」と「100」は1打しか違わないのに、この残念感はなんだろう。
99の人には「踏みとどまったね!」 100の人には「やってもーたなー!」
あまりの差だ。
 
72がパーのゴルフで、99も100も確かにスコアは(1打の差は大きいものの)、そんなに大きな違いがそこにあるというのだろうか?
 
なぜ、99は偉くて100はヘボなのか?
どっちもパー72からすれば「下手くそ」だろう。
 
100と101だって1打差だ。
なら、100も「よくやった!」にならないのだろうか。だが、実際はならないのである。
 
ゴルフを知れば知るほど、楽しめば楽しむほど深まるスコア「100」をめぐる評価の謎。
 
そこでちょいと海外のサイトも覗いてみると、は~ん、なるほどあるね、同じように。
100を切る、とか100を打ってしまったとかみんな書いている。
 
で、ひとつ面白かったのがあるサイトのこのデータ。
アメリカのゴルフ関連サイトのデータで、アマチュアゴルファーの平均スコア分布だ。
こういったものは日本のデータでも見たことがある。
 
Average score Percent of adult golfers
Under 80 5%
80-89 21%
90-99 29%
100-109 24%
110-119 10%
120+ 11%
Total 100%
 
これを見てわかるように、100を境目に100以下=55%、100以上=45%とわかれる。
まあ、ほぼ半々といえる。
すなわち10人いたら5人~6人は100以下でまわり、4人~5人は100叩く、と。
 
100というのはゴルファーのレベル分布のちょうど中間に位置していて、そこの100以下側に入るか、
100以上側に入るかで、上手い人側にいるか下手な人側にいるか、と見ることができる。
できるだけ少ない打数で上がるのがゴルフのルールだから、少なければ少ないほどよい。
その分布をとった時、ちょうど100を中心にきれいに分かれるので、100を基準に上手・下手でくくってしまえ、と。
日本ではどうかな?と探してみたけど残念ながら見つけきれなかった。
 
適当に仮説を7つほど立てたが、意外にも①の仮説が実は正しいのかもしれない、と思えてきた。
100叩くというのは、あっち側の集団になってしまうので、がんばれよ~、ということなのかと。
 
つくづく、ゴルフってバカらしくて面白い。。。。。。