これは平成27年(2015年)のことだから…およそ10年前になるのか。自分が「月刊食生活」という食の総合誌に連載を続けていて「それでももやしは伸び続ける」のタイトルで楽しくエッセイの寄稿をさせてもらったが、その食生活が平成27年の11月号で休刊となってしまった。これはその食生活での連載の最後のエッセイになったもの。内容は私たちが集まればよく話している「アリオのほんとう」事件(笑)。2011年のこと。まだそんなものだったのか。もっと昔のことかと思っていました。

 

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それでももやしは伸び続ける⑭ 

~“ゆめ”から“ほんとう”が生まれ、そして「本当」になった日  前篇~

 

 平成27年7月8日。この日は深谷のもやし屋にとって記念すべき日となった。深谷市内でも最大の規模と集客数を誇る商業施設「イトーヨーカドー アリオ深谷店」の青果売り場で飯塚商店のもやしと発芽大豆が販売されたのだ。期間限定のイベントではない。きちんとヨーカドーと契約を結んだうえでの通常販売だ。

 

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 話は4年前、震災の影響が強く残る2011年の4月までさかのぼる。場所は深谷市公民館の大会議室。参加者はその7か月前に発足した、深谷市、市内事業者、市内学校関係者で構成される「深谷市産学官連携プロジェクト『ゆめ☆たまご』」のメンバー。俺も所属している。メンバーの一人がアリオ深谷店の販売部長から「来月開催される『地元名店市』に『ゆめ☆たまご』のメンバーで何か面白いことをやってくれ」と頼まれ、そのことで話し合ったのだ。どうせやるのなら単なる地元の物産展で終わらせたくない、しっかりとした今やるべきテーマを決めたい、ということでは一致した。問題はそのテーマだが…、すると俺の同郷の友であり、教育者、「もやし栽培キット」の共同開発者でもある小林真が手を挙げ、テーマは「ほんとう」でどうだろうかと俺たちに投げかけた。その時、小林はこう語った。

 

…俺たちはずっと、「ほんとう」が知りたいと思っていた。

けれども最近起こった「ほんとう」は、想像をはるかに超えた自然の恐ろしさとシステムの脆さだ。

次々と目の前に投げ出される「ほんとう」に、俺たちは何もできず、ただ立ち尽くすしかなかった。

大きな出来事とその後の世の中の動きから「ほんとう」がわかってしまった今、

これからの俺たちの「この社会」に「ほんとう」に必要なのは何だろうか。

俺たちは今回の催事で今俺たちが取り組んでいる「ほんとう」を伝えてみようじゃないか…

 

 その言葉はメンバーの心をとらえた。そして今回のアリオのイベントテーマは「ほんとう」に決まった。しかし、そこからが大変だった。想像してほしい。今の自分の生業の「ほんとう」が伝えられるだろうか?おそらく多くの人は簡単に言えないはずだ。本当のもやしとは?本当の野菜とは?本当の加工食とは?本当の飲食店とは?本当の役人とは?…みな自らを鑑みて頭を抱えてしまった。

 

 それでも「ゆめ☆たまご」を立ち上げた深谷市若手職員のF氏は、真剣にそれぞれの本当を打ち出そうとした。俺たちがとりあえず提出した「ほんとう」を「これではぬるい」と撥ね付けた。そうしていくうちにメンバー間で不穏な空気が生まれてきた。

メンバーの一人が開き直って「これでいいじゃないか」と書きなぐったような適当な「ほんとう」を提出してきた。F氏からすればみな必死に考えているのに、一人にだけ特例を認めるわけにいかないので当然受け入れない。そして会議は荒れた。俺も怒りを覚えてそのメンバーに激しい口調で非難をした。

 

「なぜ『ほんとう』が言えないのだ?おかしいじゃないか。じゃあお前は、本当が言えない仕事でお客さんからお金をもらっているのか?」

 

 小林や仲間の飲食店は何とかその場を取り持とうとしたが、F氏と俺は容赦しない。結局そのメンバーは今回のイベントは不参加となり、二度と「ゆめ☆たまご」に関わることはなかった。そして俺とそのメンバーとは絶縁状態となった。

 

 そんなこともありながらようやく参加メンバーそれぞれが伝えたい「ほんとう」が揃い、5月11日から始まるアリオのイベントに臨んだ。俺が掲げたほんとうは

 

「深谷もやし」

 

「栽培キット」

 

「埼玉県産もやし」

 

の三つだった。今、日本一高いもやしと言われている「深谷もやし」の概念はここから始まった。

 

それでももやしは伸び続ける