「ん?これはなんだ・・?」


 私どもが開いた原画展会場“飯塚商店”は、映画祭大ホール(一番広い映画会場)へ向かう通り沿いにありますので、映画を見にこられたお客様は必ず私どもの前を通ります。店先に並んだ野菜を見て、そして映画とは関係なさそうな不思議な佇まいに、↑のような面持ちで店を眺めてそのまま大ホールへ向かいます。


 映画が終わって、大ホールからどっとお客様が出てきます。その後、みなさまは旧き酒蔵の見学がてら、先ほど見た不思議な商店に近づきます。お客様の動きをつぶさに見ていると「興味、関心を持った人の動き」が読み取れるようになります。

私はまずそんな方に近づき、「お茶があります。いかがですか?」と飲み物を勧めます。大概の方は「・・あ、はい」と応え、店内に入ります。ことなさんや若手スタッフがすぐに紙コップにお茶を入れてお客様に差し出します。そこで初めて私は


 「私はこのすぐ近くで(車で10分ほど)もやしを作っているものです。あちらにいるイラストレーターのことなさんと、もやしの絵本を作り、今回はその原画展ともやしの展示、試食をやらせていただいています」


という感じで店の趣旨を伝えます。これが別に話し合ったわけではないのですが、自然とこの飯塚商店の基本的な接客パターンになりました。


 あとはお客様の響き方によって原画や展示されている実物のもやし、もやし工場の映像 などを見ていただき、必要になればさらに深い説明をしたり、若手スタッフが作る



※「手洗いブラックマッペもやしの特製蒸し焼き」


を食べていただき味の違いを確かめてもらいまいした。最後に帰り際には


「ご自宅でも作ってみてください。もやしを知るにはこれが一番です」


もやしの豆(ブラックマッペまたは緑豆)と育て方マニュアル を渡しました。多くの方がとても嬉しそうにもやしの豆を持ち帰りました。


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多くのお客様は透明な栽培容器の中でぎっしりと育っているもやしを見て


まぼろしの「もやし」求めて・・・


 「うわっ・・・」


と驚かれ、またはもやし映像の中のもやしの豆が仕込み容器の中で発芽したとき浮かび上がる泡や、深夜の工場で、工場長がたった一人でもやしを洗う映像を見て


 「へぇぇぇぇー」


と、興味を示していました。これらはもやし屋にとって「あたりまえ」ですが、作り手と食べ手の距離が離れている今、作り手はこういったあたりまえを機会あるごとに知らせることが大切なのかもしれません。


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「なんで太さが違うの?豆が違うの?エチレン? それを使うとどう違うの?」

 

と、非常に熱く質問を下さるお客様もいました。(その方は普段農家や米のことで取材をしている方でこの日は映画を観に来ていたとの事です)私は店内に張り出してあるエチレンの記事(前にこのブログで記した記事を編集したものです)を見せながらできるだけ丁寧に説明をしました。そのお客様は多少ご理解されたうえで、


「せめて10年前にこういうことをやれば良かったのに。人々に(正しさを)訴えるのに少々アピールが弱いのでは?」


と率直な感想を下さいました。私も同感です。


作り手が出来るだけ自分の作るものを伝える


・・・・私ですらその重要さに、今年になって気がついたのですから。


今まで安定したものに寄りかかってぬるま湯に使っていた


ということです。私はそのお客様に、


「今、私が伝えられるのはここまでなんです。これでも多少の覚悟の上のことなんです。あまり過激にやりすぎて、大失敗した時はこの流れが止まってしまうかもしれません。なので慎重にならざるを得ないのです」


と苦しい弁明もしてしまいました。作り手が正しいことを伝えるのが、どうしてこうも難しくなってしまったのか・・・・胸の内に苦い塊を抱えながら立ち去るお客様を見送りました。


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「まあ安いわね。100円?」


仮想八百屋の飯塚商店、地野菜として店に並べたのは、「ねぎ」「さつまいも」「ニンジン」「きゅうり」「ピーマン」「えだまめ」「柿」です。今、私が無理なく集められたのがこれらの野菜です。また、これらはすべて私のよく知る農家、または畑を持つ友人が作った野菜です。「えだまめ」と「さつまいも」は「ことなさん」が作ったものです。本物の朝採りを格安で譲っていただきました。この野菜たちは来店された方には大変好評であり、リピーターまで生まれてしまいました。


 私は野菜の説明として、


「ここからのすぐのところの○○さんという農家です」


とか、


「ここに来る途中、この野菜を収穫しているのを見てきました」


といった言葉も付け加えました。これも「近さ」だと思うのです。スーパーの青果担当ではここまで野菜に対して近い言葉はいえないでしょう。もしかしたら、昔の地元密着型の八百屋さんでしたら、このような言葉を交えてお客と対話したのかもしれません。私どものもやしでしたら、お客様に聞かれた時に


「これは○九(マルクというのが屋号です)さんちの、もやしだよ。深谷の外れで作っているんだ。もやし屋って夜中にやっててさ、今朝洗って持ってきたものだよ」


と言ってくれたのかもしれません。私は昔の八百屋が持っていたであろう、


「近さを強調した売り方」


を再現したかったのです。記号のような表示ではない、よく分からないけど何か信じたくなるもの・・・・それが「近さ」の強みだと思うのです。


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 今回はここまでです。次回も“飯塚商店”を通じて印象に残ったことを記してみます。



※「手洗いブラックマッペもやしの蒸し焼き」


・・・・もやしが新鮮であれば一番手軽で美味しいもやし料理かもしれません。


1.フライパンを火にかけよい頃合に温まったら、まず油を少し落とします。今回私たちは油にラード、ごま油、オリーブオイルを使いました。


2.フライパンの油が熱されたら、もやしを一掴みほどのせて、塩・コショウを振って蓋をして蒸します。およそ2分~2分半ほど。


3.蒸し時間が来たら、蓋を開けてお好みで軽く醤油を垂らしてすこし混ぜ合わしせて出来上がりです。