もう1回だけ、この1981年に出版されていた、この素晴らしき


「もやしの本」


まぼろしの「もやし」求めて・・・


についてお話させてください。


 前回の記事でも話したように、この本では多種多様のもやしを紹介しています。そしてそれらのもやしには


「~目が食べごろ」


といった記述が必ずなされています。発芽してから何日目・・という意味でしょう。


 そして、多くのもやしに対して


『(発芽から)3~5日の間』


をもっとも食べごろ(美味しい頃合)として書かれています。


実を言うと私がこの本で最も驚いたのは、


『(発芽から)3~5日の間がいちばん美味しい』


というこの部分だったのです。


 私は今まで多くのお客様、もやしに興味ある方、子供達をもやしの栽培室(ムロ)に案内して(今年は特に多くいらっしゃいましたが)、栽培枠の中で黙々と成長しているもやしをつまんでは、生で食べもらって味の説明をしてきました。そして必ずすることは、


「もやしは本当はこちらの方が美味しいんです」


と言って


『発芽から3~5日目のもやし』


を食べさせてました。豆の風味、身の弾力、味の奥深さがもっとも強く現れるのがこの頃のもやしだからです。これは長年もやしを育て続けた経験から養われた感覚だったのですが、奇しくも

 

 『今から28年前のもやしの本で同じ主張をしていた』


ことを、今知ることになって驚いたのです。この本の著者は本当に凄いです。


 この本のブラックマッペの項では、


『(発芽して)2日でもやしとして食べられるようになりますが、栄養的には4日までまって3~4㌢の長さで子葉が開くころ、食用にします。5日以上たつとひげ根が出てかたくなり、食べにくくなります』


と、とてもシビアかつ納得のいく記述をされてます。ブラックマッペでも最も美味しい時期は、発芽後5日目まで、と私も言い切ることができます。それ以降は成長につれて身が固くなり、豆が小さくなると同時に、身に水分も含むようになり、味が薄くなるからです。


 さて、現在の日本のもやし屋さん(私も含めて)では、形を整えるためにエチレン処理 をしながら育てるもやしの育成期間はおよそ


『7~10日間(それ以上日数をかけるところもあるようです)』


です。すでにこの段階で、この本で勧めている美味しい時期をはるかに過ぎています。エチレンの処理を極力少なくしている私のつくる細いもやしでも7日目に出荷、という形になってます。そのくらいある程度伸ばさないと(太くしないと)、商品価値が無いと見なされてしまうのが現実です。


 なので残念ですが、この本で紹介している最も食べごろと言われている発芽から3~5日目のもやしの味は、自ら栽培するか、近くのもやし屋さんへ行って、見学とともに栽培室に入らせてもらって(そうとう面識が無いと不可能かもしれません)、つまんで食べてみるしか、知る方法がないでしょう。これは野菜好き、もやし好きの人たちにとって悲しむべきことではないでしょうか。



 私がかつて感動した鹿児島のまぼろしのもやし は本当に理想のもやしでした。このもやし屋さんが出荷したもやしもエチレンを使わない5日目のもやしでした。しかし今はもうそのもやし屋さんのもやしを食べることはできません。


 現在のような形のもやしが一般化しだしたのは、明治時代以降、中華料理の普及と共にと、この本では書かれています。明治から現在に至るおよそ100年の間、もやしの歴史の中では様々な分岐点があったことでしょう。私は、真からもやしを愛する方がこの本で提唱した


『もやしのあるべき形』


が、主流にならなかったことが残念でならないのです。もしも、ある分岐点で違う流れを選んだなら、鹿児島のもやし屋さんは今でも続けていただろうし、私達も、「ありのままの野菜である」もやしの広がり、食の広がりを享受できたことでしょう。