私どものもやしの栽培容器には、1.5tものもやしが詰まっています。そして容器の周りは光が通らぬように合成樹脂でコーティングされています。畑の野菜ならばきゅうりやトマトならば、その成長過程や品質は目で見ることができますし、土の中の芋や牛蒡といった根菜類でも、地上の葉の状態や、ときどき引き抜いて成長を見ることができます。しかし、栽培容器の中のもやしの状態は、ゴボウで言えば、


『畑にあるゴボウの下、10m深くまで幾重にもゴボウが地中に埋まっている』


のと同じです。表面だけならすぐわかります。しかし地中奥深くの野菜の状態はそれこそ掘り返さないとわかりません。


 もやしで言えば、出荷の日、初めて栽培容器を開いた時に全容が目視できるのです。もやし屋ならば、開けてみて初めて容器の底の部分のもやしが腐っていたり、中心の部分がところどころ変色していた・・・・という経験は誰でもあるはずです。こうなるともやし屋は、腐敗部分を捨てるため当日の出荷分が足りなくなり、取引先に謝ったり、謝りきれない分は、他のもやし屋からもやしを買いに行ったりと、大変な目にあいます。


 しかし、栽培容器を開く前に、その大部分の「見えないもやしの状態」を察知することも出来ます。


 まず私が栽培室に入ったとき最も神経を尖らせるのが、


「香り」です。


 もやし栽培室は基本的に密閉空間でありますので、そのもやしから発せられる「香り」も充満しています。私どもの栽培室でいえば、その室内は年間を通じて野菜特有の清々しい香りで満ちているのですが、その香りは室内全てのもやしが健康に育っている証です。毎日もやしの香りを嗅いでいると、その中に異質なものが混ざった時はすぐに感知できます。何か熟成が進みすぎたような、ツンと鼻につく匂いが少しでもあったなら、18台ある栽培容器のどれか一つの容器の中のもやしに異変があるということです。


 その中の異変がある栽培容器を探す方法ですが、これも「鼻で判断」します。栽培容器には20cmほどの脚があり、その容器が置かれている床の部分には、常に多少の水が溜まっています。この水たまりは1日に数回もやしに与えるやり水が、もやしを通過して溜まったものですが、私はその


「水の匂い」


を確認します。腐敗した部分を通過した水には、その腐敗臭が残っているからです。


 そしてその匂いの強さで、腐敗の程度を判断して、あまりにも強く残っているようだと、もうその容器にあるもやしは洗浄もすることなく、そのまま廃棄します。


 ただ私どもはここ10年ほどは、一度も開ける前に全廃棄するような事態はなく、それは早めに香りの異変、つまりもやしの異変を察知し、すぐに環境を調整してきたからそこまでの被害はありませんでした。



 見えない部分の状態は、まず「匂いで見抜く」。これがもやし屋に必要な能力の一つ目ではないかと私は考えています。