自宅の廊下に小さくて丸い白いものが落ちていたら、ほとんどの人が拾うだろう。そして、拾ったそれが薄汚れたシールだったら、ゴミ箱へ持っていくのではないだろうか。定石とも思われるこの行動が、時には大惨事となる。ことの始まりはいつだって息子だ。
「あれ?ない!」
保育園から戻ってきた息子が叫んでいる。
私「何が無いの?」
息「ここにおいてたのに、ない!」
私「何が?」
息「あの、まるいやつ」
思い当たる節をいっそのこと忘れてしまいたかった。恐る恐る尋ねる。
私「・・・シールのこと?」
息「うん!そう!ここにおいてあったのに!どうしてないの!?うわぁぁぁぁぁぁぁん!」
そうだった。これまで、彼が出しっぱなしにしているおもちゃを勝手に片付けて、手に負えない事態を招いたことは数え切れない。児童館の先生の言葉が甦る。
「大人にとっては《散らかしている》ように見えるものでも、子どもにとっては《そこに大切に置いてある》場合があるのよ。」
しかし、今回はおもちゃではなくシールである。しかも、キャラクターなどではなく、ただの小さな丸いシール。100円ショップで赤・青・黄・緑・白色が何十枚かセットになっているものだ。その中の一枚が、埃まみれの粘着面を上にして廊下の端にひっくり返っていた場合、「これは息子の大事なのものかもしれない」と思い至るものだろうか。自分を責めるべきか擁護すべきか。そして、ゴミ箱に捨ててしまったことを、加えて今日は燃えるゴミの日だったことを正直に打ち明けるべきか。逡巡し、私が出した答え。
「パパの靴下に貼り付いていっちゃったんじゃない?」
彼には親を反面教師として生きていってほしい。保護者のみなさま、「落とし物」にはくれぐれもご注意ください。

シールは、このようにラッピング車両として使用されています。
