「そのトミカはいらない!」息子の声が店に響いた。私は思わずのけぞった。声の大きさが拒否の気持ち痛いほど伝えていたからだ。
トミカとは、ご存知の通り、タカラトミーから発売されている泣く子も黙るミニカーシリーズで、毎月第三土曜日には新しい車種が発売される。息子(3歳)も熱狂中で、買ってもらえずに泣いたり黙ったり(お店での座り込みを伴う)はあれど、買いたくないと泣き出しそうになるとは何事かと私は動揺した。欲しがる一台を毎回易々と買ってやることは出来ないが、今月登場の一台はとても魅力的に思えた。アート引越センターのトラックだ。
新年度になり、保育園の先生やお友達が随分と替わってしまったこともあって、息子は毎朝「ママお仕事行かないで」と全力ですがり付いてくる。そこで私が返す常套句。「お仕事しないと、トミカも買えないんだよ」買えないのも、保育園に通うのも嫌な息子が納得することはないけれど、泣きながら頑張っているご褒美としてこの新作は必ず買ってあげようと決めていた。ところがどっこい、要らないときた。
口を「へ」の字のお手本のように曲げた息子を落ち着かせ、理由聞いた。そして、今は買わないでおこうと決めた。息子はこう言った。「引越しのトラックがきたら、だれか卒業しちゃうでしょ」
「またいなくなっちゃうから、いらない」
引っ越しで転園してしまった友達や先生がいた。そのほかにも様々な理由で、同級生は一人だけになった。大好きな先生は毎日待っても帰って来ない。それでも息子は、「寂しい」とはこれまで一度も言っていない。しかし、それはその気持ちの名前をまだ知らないからなんだと、この時初めて気がついた。
ゆっくりでいいから見たいと思う。「これがいい!」と大声でその一台を指差す姿を。そのときは喜んでプレゼントすると決めている。
