涙のリクエスト | 拝啓四十の君へ

拝啓四十の君へ

3歳男児の親としても、フリーアナウンサーとしても「こんなん聞いてないし!」と、絶望しては望みを繋ぐ日々です。それでも40歳くらいには戦闘記として懐かしめたら!
子育ては十人十色すぎるので、どこかでどなたかに届く事があればとても嬉しいです。

 暑気払いをしなければならない。こうも暑いと小さなことがいちいち引っ掛かってしまうから厄介だ。すなわち、いつも以上にイライラする。仕事で昼食を食べ損ねることは珍しくないのに、なんだか嫌になったのも暑いから。そんな日に職場で関わった大学生に「40代だと思ってました。」と言われ、笑顔でやり過ごせなかったのも暑さのせい。とどめは、息子。息も絶え絶えに保育園に迎えに行くと、図ったかのように不機嫌である。リュックを背負うのも靴を履くのも嫌。まっすぐ帰宅するのはもちろん嫌。電車を見に行きたいけど歩くのは嫌と、裸足で飛び出した保育園の前から動こうとしない。傾いたとはいえ、17時過ぎの日射しを受け続ける肌からはジリジリと音が聞こえてきそうだ。暑さと空腹は人を短気にする。「もうママは帰ります。」と抑揚のない言葉を残して息子に背を向けた。泣くと分かっていても止められなかった。自分の荷物と息子のリュック、泣きじゃくる本人と彼の靴を抱えて歩く猛暑日の帰路。いま願いが叶うなら心身ともに千手観音にしてくださいと、心から思った。

 帰宅しても平穏は遠い。文字通り踏んだり蹴ったりされながら作った夕食は、「これ、バイバイ」と一蹴され、それならばと慌てて茹でたうどんも気分が乗らないらしく、「ビスケットー!」と連呼し始める始末。部屋中に響くその声で脳が揺さぶられるように痛み、目の前にいる息子が悪鬼に見えた。

 もう何もしたくなくなり、おもちゃとビスケットの散らばる床をどれくらいの時間見つめていただろうか。突然、視線の先に息子の顔が現れた。ビスケットの欠片を口の回りに付けて、私の顔を覗き込んでくる。そして、言った。「ママも、わらってごらん?」その物言いにきょとんとしてしまう。「ボクなんてご飯も食べずに部屋を散らかして、ビスケット食べてるんだぜ?」「気にせずいこうぜ!」とでも言いたげな、2歳からの陽気な提案だった。

 子どもはこちらが思っている以上に聡い。親の顔色には特に敏感だ。どこかで覚えてきた「~してごらん?」が息子が考えた精一杯の打開策だったのかもしれない。色の失せた頬を伝う涙はぬるかった。暑いし、疲れたし、お腹もすいたし、言うこと聞いてくれないし、嫌になる。何よりも、今日一日笑えていない自分が情けなくて涙を止められなかった。

 ご飯を食べなくても、部屋がとっちらかっていても、やりたい放題を笑ってやり過ごす夏にしたい。見ててごらん、暑さもイライラも打ち払う日々はこれからが本番だから。