「初心者ですが、いいですか?」
タクシーのドアが開く。
真っ赤な顔、汗だくの若者。
「私、道わかるから大丈夫よ」と言っているのに、行先を告げるとスマホを取り出し、音声で違う所を指示している。
正しい道を教えると、
「すみません。緊張して」
今日が初日で、私が3人目の客だそうだ。
「朝8時から走っているのですが……」
ただ今11時、もう3時間も経っている。
「ねえ、大丈夫なの?」と私。
「日本料理の調理師からタクシーに転職して……」
ワァー大変そう。
「明日もこの辺走るので乗ってください」
「明日?あなたは夜走らないの?」
「アッ!明後日だ」
慌てていて何がなんだかわかないようだ。
「頑張ってね!」
ちょっとチップをはずむと
「ありがとうございます!がんばります!」
晴れやかな青年の顔、頑張って済むほど世の中甘くないけど……若いっていいな。
数日後、タクシーに乗ると今度は年配の方。
「おじょうさん」
「?」
「家、越しちゃったの?」
「そうなのよ」
彼は私が"松島トモ子"だとわかっているようだ。
「どうして?」
「母が亡くなって、家が広すぎたの」
「アッ、そうか。お母さん亡くなっちゃったの?綺麗な人だったね。昔からおたく達何回も乗せたよ。家の目印がなくなっちゃってサ。さみしいよ」
「ありがと。またね」
「お互い、元気でやろうや」
明日は誰に逢えるかな?
タクシーって、面白い。