久しぶりに映画を観ました。
『パリタクシー』
噂には聞いていましたが、いい意味で想像とは全く違っていました。
老女が住んでいるアパートから終の棲家である施設へタクシーで行くまでの一日。
タクシーの運転手は金なし、休みなし、免停寸前。
世の中に対する怒りで体中パンパンになっている。
「ねえ、私いくつに見える?」と老女。
「80くらいかなー」どうでもいいだろ、とむかついている。
「92歳よ」
「そりゃすげえや」
「まだいけるでしょ」と、ニッコリ微笑む。
美しくチャーミングでセクシー。
ご本人の実年齢は94歳。
女優で国民的歌手だそうだ。
リーヌ・ルノー。
ムーラン・ルージュやカジノドパリで出演を重ね、一大スターとなる。
アメリカでも歌手としてキャリアを積み、
その後フランスに戻り、舞台女優として活動、
1980年代半ばにエイズ撲滅のアイコン的な存在になる。
そんなパーソナル・ヒストリーも映画とだぶってくる。
イラついている運転手に彼女は言う。
「お父さんに教えてもらったのよ。ひとつの怒りで、ひとつ老い、ひとつの笑顔でひとつ若返る」
この女性も決して平坦な人生を歩いてきたのではなさそうだ。
「私も怒りに覚えがある」と、つぶやく。
パリ横断の寄り道旅。
「ちょっとあそこに寄ってくれる?」
「道と反対じゃないか!」
「私は急いでないわ」
彼女が幼い頃に住んでいた場所、面影は無残にも全く残っていない。
好きだった男と住んでいた場所。
さて、私が今住んでいる家を出て終の棲家、施設に入るとしたら、その前にどこへ行こうかしら?
青春を謳歌したニューヨーク。
母とふたりっきりで行ったベニス。
タクシーでの距離では、無理というもの。
「ねえ、ファーストキッスのこと覚えてる?」
「覚えているわけねえじゃねえか!」
「そんなんじゃなくて、本当のファーストキッス」
男も徐々に心を開いてゆく。
私も波乱万丈の人生だったが、劇中の彼女ほどではない。
施設に入る時、私はあのように美しくチャーミングに微笑んでいられるかしら……
それは難しそう。
泣き顔より微笑む方が、かなしいのだ。