嵐寛寿郎の鞍馬天狗、などといっても、ほとんどの人がピンとこないだろう。

もちろん検索すればすぐに出てくるが、あの不世出の剣劇大スターへの強い想いが共有できないのは、本当に残念だ。

『鞍馬天狗のおじさんは 聞書・嵐寛寿郎一代』(竹中労著・白河書院)をお読みくださってもいいが、実際に共演した私の話しも、是非聞いていただきたい。
人呼んで、“アラカン”。後世に、ぜひ残しておきたい人だ。

昔、松島トモ子といえば「鞍馬天狗」の杉作役を思い浮かべる人が実に多かった。杉作役は私のトレード・マークになっていた。

私は36代目の杉作役であり、ほかに35人の杉作役の人がいた。
35代目が美空ひばりさんで、ひばりさんと私のほかは、全部男の子ばかり。

その杉作役の数だけをみても、アラカンの鞍馬天狗がどれほど庶民に愛されていたかわかる。
鞍馬天狗は覆面姿なので、風呂敷かぶって棒きれ振り回して、チャンバラごっこをするのが、男子小学生の間で大流行だった。

当時、「嵐寛寿郎さんって、どんな方でしたか?」と実に多くの人から尋ねられた。しかし申しわけないが、鞍馬天狗のアラカンについては思い出はあまりない。私がボーッとした子役であった訳ではない。

そのころの時代劇の大スター坂東妻三郎さんを皮切りに、市川右太衛門さん、長谷川一夫さん、大河内伝次郎さん、月形龍之介さん、大友柳太朗さん、中村錦之助(=萬屋錦之助)さん……などの映画に、私は次々に出演し、みなさんにそれぞれ大変可愛がっていただいた。

共演した大スターの方々については、何がしかの想い出が残っている。

ところが、唯一の例外がアラカンさん。
なにしろ、むっつりと不愛想で、子どもには全く無関心な人だった。

一方、私もアラカンさんと演技をしながら、「すいぶん訛りがあって古めかしいナー」と思ったり、
「どうして台詞と台詞の間に、あんなに間を置いて喋るのかしら?」と首をかしげたり。何とも生意気な子役だった。

アラカンと杉作の名場面、というのもある。
2人のショットをルーズな引きでワンカット、撮る。後はアラカンさんだけ抜き、台詞を何カットも撮る。それが終わると、「御大(と、スタッフは呼んでいた)、お疲れさんでした」アラカンさんはセットに私を残してサッサと先斗町(ぽんとちょう)にお出かけ。芸者さんの所へご参上。アラカンさんは女の人が大好きだった。

サテ、私はどうするか。

次回に乞うご期待!