大好きなものは、こちらが気づくより早く、先方からこちらの目に飛び込んでくる。
私にとっては、犬や猫、その他色々な動物たち ― 。
出逢いの瞬間、目が釘付けになり、足が止まってしまう。相手にもそれがわかるのか、私が“大好きフェロモン”を放つと、小動物なら足元にチョロチョロ駆けよってきて抱っこをせがむ。大きいものなら体をすり寄せてくる。外国の場合でも同じこと。これは私のささやかな自慢のひとつである。
が、一方では、人間の男性にのみ効果を発揮する技を持つ女性もいて……やっぱり人生はその方が楽しいのかなあと思わないでもない。
愛しの友は、ずいぶん昔のことになりますが、1950年(昭和26年)、上野動物園にやってきたチンパンジーのスージー。
当時、動物の少なかった日本の動物園では、現在のパンダに匹敵するほどの人気者だった。なかなかの芸達者で、頭も性格も優れていた。
その頃、上野動物園に勤務されていた中川志郎さん(パンダの飼育課長で有名。後に上野動物園園長)にうかがったスージーの面目躍如たるエピソードをひとつ。
古いことなので、私の記憶違いの部分があったらご容赦ください。
スージーがあまり可愛いので、お客が10円をくれた。すると、彼女はすぐに園内の売店へ飛んで行き、それを差し出す。人間の子どものすることを見ていて、自分もやってみたいと思っていたのだろう。大好きなキャラメルを買うことができた。味をしめた彼女は、チャンスを待っていた。
まもなく上野動物園に昭和天皇が来園されることになった。
関係者の緊張ぶりはいかばかりであったろう。スージーは新しい服を着せられ、自転車乗りの芸をお見せした。ハプニングはその後に起こった。
ひと通りの芸がつつがなく終わり、飼育担当の山崎さんもホッと胸をなでおろした一瞬の隙に、スージーはチョコチョコと陛下の前に駆けより、手を差し出した。山崎さんはあまりのことに固まってしまい、声も出ない。陛下も戸惑われたようだが、ニッコリと微笑まれ、スージーと握手をなさった。
陛下とスージーのツーショット写真を拝見したが、後ろにいる方達の笑い顔のなんと微妙なことか。恐怖と安堵が入り混じり、その場の雰囲気を見事に表している。もしかして、後にも先にも陛下が握手なさったのは彼女だけではなかったろうか。
でも、がっかりしたのはスージー。彼女は10円を貰って売店へ行きたかったのに、「あの方はなぜ握手だけだったのかしら?」
スージーは不思議に思ったに違いない。
スージーと私の出逢いは、少女雑誌のグラビア撮影だった。
初対面の時、思わず「ワー、かわいい!」と言ったのがいたくお気に召したらしい。いきなり抱きついてきた。以前、有名な女優さんがスージーとの撮影に現れ、「まあ、気持ち悪い」と手袋をして手を繋ごうとしたら、プライドを傷つけられたスージーは、絶対に言うことをきかなかったとか。
私を無二の親友にしてくれた彼女は、片時も私を離さなかった。
同じくらいの背丈の2人手を繋ぎ、園内を散歩している光景は、傍から観ても楽しげに見えたことだろう。スージーは顔に汗が流れると、その間も私と手を離したくないのか、立ち止まり、ヒョイと足をあげて私の手を繋ぎ、空いた手で自分の顔の汗をぬぐっていたっけ。
画用紙とクレヨンを挟んで2人向かい合わせになって絵を描いていたら、いきなりスージーが私の顔にクレヨンで描きだした。
私がわーんと泣いたら、スージーは私の前に座り、何度も何度も頭をさげて涙をふいてくれた。私がくすぐると、顔をクシャクシャにしてヒャッヒャと笑う。手で汗を拭いたり、くすぐったがったり、人間と同じで気持ちがよく通じ合った。
映画や雑誌で私の顔が人に知られるようになると、私は人に囲まれ、いつものようにスージーと遊ぶことができなくなった。
動物園が閉まってから逢いに行ったこともあるが、私も学校と仕事に追われ、それも困難になる。
いつしか歳月が流れ、スージーの具合がよくないと聞いて、ケージに入っている彼女を見舞いに行くとよく覚えていて、ググッググッと甘えた声を出し抱きついてきた。お腹に膿が溜まり何度も手術をした後で、体が弱っているようだった。
そして1969年(昭和44年)3月30日、ついに永眠。
飼育係の山崎さんが書かれた新聞の記事の中に「スージーはトモ子さんが大好きでした」とあり、嬉しさと懐かしさがこみ上げ涙が止まらなかった。
悲しい別れだったが、誇らしい思い出のひとつ、と言いたい。
ヨチヨチ歩きの時から、私は大きな動物を怖がらなかったらしい。
広い牧場の1本の木の下に、ひとり佇む私の傍を、牛の大群が疾走する映画のロケーションの場面でも、まわりの心配をよそに、ニコニコと嬉しそうにしていたそうである。
あるいは、時代劇で走る馬から落ちそうになっても、必死でよじ登ったり……
動物に関するエピソードは多い。
自分が悪意を持っていない相手に酷い目に遭わされるはずがない、という根拠のない私の自信は、ケニアでライオンとヒョウに襲われたことで、残念ながら楽観できなくなった。
それでも動物好きは変わらない。
ケニアでの事故も、私が相手を好きだったから、とどめを刺されなかったのでは……まだ懲りてない。(^-^)