それから3ヶ月後 ― ロンドンから車で約1時間半のところにあるストーク・マンデビルで、障がい者のスポーツ大会が開催されることになり、そのオープニング・セレモニーで各国の車椅子ダンスの代表がデモンストレーションを行うことになった。

日本からは長沢俊一・松島トモ子組が選ばれ、招待状が届いた。
ペアを組んでまだ半年そこそこの私達、世界の強豪と一緒に踊るなんて、とても無理なことだと思った。でも私達が出場するのは競技会ではなく、いわばエキシビジョン、技に制約がない、とのことだった。

コーチの先生は

「体の大きな外国選手に混じるので、思いっきり派手に目立つような振り付けを考えるわ」

と、励ましてくれた。シュンちゃんは嬉しそうに

「トモ子さん、僕この頃いっちょまえに丼を持ってラーメンを食べられるようになったんですよ」

「なあに、それ?」訝しがる私に、

「僕は胸から下が完全に麻痺しているので、腹筋も使えません。柔らかいお豆腐の上に上体が乗っているようなものなんですよ。だから今までは、お汁の入った丼を持ち上げようものならペコンと上体が前に折れ曲がり、ラーメンの丼の中に顔を突っ込んじゃってたんですよ」

それがこの頃は、筋肉の支えも良くなって、丼を持って食べられるようになったそうだ。

「今度は丼を両手で持って格好よく汁をすすってみようと思っているんです」

私達が何でもないと思ってやっていることが、障がいを持っている人には大変なことなのだ。

シュンちゃんはダンスが上達したばかりでなく、体も引き締まり大変調子が良さそうだった。2人の稽古も順調に進んだ。

そんなある日、私達はエリザべス女王陛下に手紙を出してみようと思い立った。
今思い返してみても、なんて大それたことを考えたのだろう。私達も相当浮き足立っていたのだろう。

「なんて書く?」と、私。

「私達の車椅子ダンスをみて下サイ」と、シュンちゃん。

図々しいにも程がある。
本当にちょっとした思いつきだった。

それからなんと2週間経った頃に、思いがけず女王陛下からお手紙が届いた!
切手を貼るところには、“ロイヤル・メール”とスタンプが打ってあった。
ハサミを持つ手が震えて、なかなか封が切れない。
レターペーパーには王家のマークがあり、“バッキンガム・パレス”と書いてあった。
文面には

“車椅子ダンスには興味を持っています。長沢さんの事故については大変心が痛みます。あなた方がイギリスに来られる頃は残念ながら休暇でスコットランドに行っています。ストーク・マンデビルで大成功することを祈っています。私の国に滞在中は充分に楽しんで下さい。”

通り一遍ではなくお心のこもったお手紙だ。そしてちゃんとサインがしてある。
感動してイギリスが急に身近に感じられる。

シュンちゃんは家宝にする、と言ってその手紙を抱きしめて離さない。手紙を書いたのは私なんだけどな…… がいいか?ま、いいか。
コピーを貰って我慢しよう。(^-^)/