シュンちゃんはしっかりウェットスーツを着込み、車椅子ごと船に乗せられ、そばの棒を掴みブルブル震えている。今日は波が高いので、車椅子だと結構揺れる。

「トモ子さん、僕、駄目だと思います」

「駄目かー」

私の事前の特訓、日本バリアフリーダイビング協会のスタッフの手配、クルーザーなどなど、諸経費はかなり嵩んでいるが、それが全て無駄! (・_・;;;

「本当に駄目?大丈夫かも知れないよ」

と、励ましながら、私の胸にも後悔の念が生じてくる。

ダイビングのポイントに着くと、私が装備をする間もなく、インストラクターの屋良さんがシュンちゃんの体をまっぷたつに畳むようにしてスルリと海に入れてしまった。シュンちゃん、ウーもスーも言う暇もない。彼女は障害者の扱いには相当ベテランらしい。流石プロ。初心者のシュンちゃんに御伺いを立てていた私が馬鹿みたい。

私もすぐ後を追う。屋良さんが上手にリードしながら彼を海中に沈めてくれた。彼の両足はバラバラに浮き上がらないように縛ってある。屋良さんからシュンちゃんをバトンタッチされたが、麻痺した胸から下が折れ曲がり、ぶら下がってしまう……

引きずった両足で珊瑚を傷つけてはいけないので、右手で彼の酸素タンクを持ち上げながら、左手で彼の片手を握って泳ぐ。事前の打ち合わせでは、シュンちゃんが平泳ぎの要領で水を手で掻くことになっていたのに、すっかり忘れて私にしがみついてくる。
私はといえば、水を蹴っても蹴っても前に進まない。相当に重たく感じられるのは、彼の命を預かってしまった恐怖感のせいかも知れない。でも、東京のインストラクターに受けたバケツ特訓の効果は、やはり大きかった。

魚の集まるポイントでは、シュンちゃんの手にソーセージを持たせると、ルビー、サファイア、エメラルドで身を飾ったお魚達が、一斉に集まってくる。宝石箱の中に紛れ込んだまばゆさ。あまりの美しさに却って哀しくなる……

「あなた達、深い海の底で、誰に見せようというの」

見上げると、水面はキラキラと輝いて、太陽の光線が鋭く差し込んでくる様子が素晴らしい。私の好きな、水の精を描いた『オンディーヌ』の舞台風景と重なってくる。魚達は無口で、何の音も聞こえない。

シュンちゃんはとても嬉しそう。私を握りしめていた手の力がいつの間にか抜けていた。目の前が魚だらけになり、彼の目がキラキラしている。

帰りの船では、行きとはまるで違い、表情は生き生きとしている。

「海の中にいると、何も不自由を感じないんですよ。素晴らしかったなあ。やみつきになりそう」

やったー!初めてのことを経験させてあげられる私は、なんて幸福。