「ドクター、お願いします」
私の声の様子から、事の重大さを分かってくれたのだろう。
「よし!飛んでやろう」ついにドクターが了承した。
(あー神様助かった)と感謝したのも束の間、
「車を12台用意してくれ。コの字型に並べてヘッドライトを点灯させ滑走路を作ってくれ。それをめがけて降りるから」と、ドクターから驚愕の発言!
頭の中がグルグル回る。車で滑走路を作り、光を当てる??
「3台しかありません」
「それでは無理だ。こっちが遭難してしまう」
「でもドクター、首がグラグラして出血が酷いんです」
「明日、夜明けと同時に飛んであげるから、それまで生きて待っててくれ」
生きて待ってろと云われたって。
この無線機だけが、私の命を助けてくれる細い細い糸のように思えた。無線を切らないで……これが切れた時、私の命も終わる。きっとそうだ。必死に会話を続けようとするが、
「Good luck!」
馬鹿者、幸せを祈る?健闘をたたえてどうするの!
無線の切れる「カチッ」という音が胸に突き刺さった。無線は二度と繋がらなかった。
夜明けまで、あと何時間待てばいいのだろうか。せめて救急箱が欲しいけれど、ヒョウが柵を乗り越えてテントの中にいるので誰も動けない。トニーはライフルを構えている。ディレクターが、
「トモ子ちゃん頭痛薬飲む?」
首折れに頭痛薬?まあ、この際薬なら何でもいいか……錠剤は口に入るが、首がグラグラしているので水が通らない。痛さのため気を失いかけては、自分の悲鳴で再び気が付く。
注)首の骨が折れた時、頭痛薬は効きません。
誰かが私の手を握りしめてくれる。余計なことするな……手を握られただけで首に負担がかかって痛い。よく骨が折れそうだという人がいるけど、実際に折れてごらんなさい。痛いから!マー、ハンマーで首を直接殴られるとでもいいましょうか。
日の出までの9時間余りが、何十年にも感じられた。あまりの痛さとヒョウが身近にいるという不安感でいっぱいになる。
プロペラの音がする。
テントの上を旋回している。
「フライング・ドクターだ!」とスタッフ。
朝の光と共に人が飛び込んでくる。私はもう虫の息だった。
セスナ機に移された。酸素ボンベで吸入され、点滴を打たれる。仰向けになった目に、アフリカの空が広がる。何処までも続く青い空。トニーの顔が覗き込む。逆立ちをしているみたいだ。
「トモ子……」
「ねェ、あのヒョウの毛皮、ちょうだい。私、コートにするから」
何でそんなこと言ったのかしら。泣いたら困ると虚勢を張ったのかなー?
再びナイロビの病院へ。セスナ機で約一時間半。
「血圧がなくなった」ドクターの声が聞こえる。
救急病棟に運び込まれる。
「あっ、この人また来た」
素っ頓狂な声を上げたのは、ライオンの時にお馴染みの看護師だ。(面目ない)
まずレントゲンの撮影。昔、小学校の医務室でお目にかかったような代物で、何だか心配になった。傷口のほうは、例によって、猛獣にやられたのだからと、またもやオープンのままだ。
真っ白なシーツが血だらけになっても看護師はまるで平気。汚れるとサッと替えてくれる。シーツが包帯の代わりということらしい。
スタッフの人数は豊富で、概ね親切だが、チップをあげないと薬を持ってくるのを忘れたりする。4シリング、日本のお金で約100円(当時の金額)をあげると、すっ飛んで来てくれる。こっちが照れさえしなければ、マー病人にとってはなかなか良いシステムですね ( ‘-‘ )
今度の病棟の看護師長は非常に厳しい人だった。出血多量で首の骨まで折れている私をベッドから引きずり出し、二人の看護師に両脇から抱えさせ、「歩け、歩け」と命令する。首がグラグラなので一歩も歩けない。気を失いかけると、寝ているより起きている方が回復が早いと、椅子に腰かけさせられる。まるで拷問だ。何度も抗議したが、一切無視。担当医のムカビ先生からの指示だろうが、何故こんな無茶なことを私に強制するのか、どうしても納得がいかない。もしかして、あのレントゲン写真には骨折が写っていなかったのではあるまいか。椅子に座っていると、
「あら、あなたがライオンとヒョウに食べられた人なの?」
と次々に見物人が入ってくる。(食べられたら生きてない!)
怒鳴りたいが、その元気もない。写真を撮っていく人もいる。今度は赤十字の人がやって来た。
「あなたが生きているのは本当にラッキーだから神様に感謝しなさい。さあ、私と一緒に祈りましょう」
二人で、「アーメン」
二度もアクシデントに遭っているのに本当にラッキーなのかしら( ̄ヘ ̄)
二日目、少々元気になる。ギプスにと、奇妙な物を首に巻かれる。布団の中から取り出したラバーをちょん切り、靴下に入れたものだ。看護師に「アラかわいい」とからかわれ、ムカッとしたところ、テレビ局のディレクターにカメラを向けられ、思わずニカッとしたところパチッと撮られた。見事な営業スマイル。それが前出の写真。ラバーはしないよりは少し首が楽だ。
三日目、足の訓練のためにと、一階から三階まで、上り下りさせられる。手すりにすがりつきながら、そろりそろりと歩くのだが、船酔いみたいに胸がムカムカして、眩暈がおこる。病院ではすっかり有名人になってしまった。ライオンとヒョウに咬まれた女性。さぞ珍しかったろう。
「ハーイ、バイオニック・ジェミー」
手をふられたり、投げキッスされたり。
(冗談じゃない!バイオニック・ジェミーなら、そもそも咬まれたりしない!)
このような状態ではあったが、私はもう一度ジョージのところに帰り、残っている仕事を終えたいと強く思った。三つの大切なインタビューをまだ撮っていない。これは最後までやり遂げたかった。(ライオンに咬まれ、ヒョウに襲われ、まだ残る責任感。何だったのかしら)
再びムカビ先生を説得する。いい顔はしなかったけど、積極的に止めなかった。何故こんな酷い怪我なのに退院を許したのか。後で考えると謎だ。
「行っては駄目。こんな身体じゃ死んじゃうわ」
親しくなった看護師さん達が涙さえ浮かべて止めてくれた。折れた首でジョージのテントに戻る決意をする。咬まれても咬まれても仕事を続けようとする私。こうなりゃ執念に近い。本能的にこの病院に不安を抱いたのも事実だ。
死を覚悟でジョージのテントに戻った私に、またもや大きな敵が待ち構えていた。
人間は猛獣より怖い。
乞うご期待。