十日間の入院と診断されたが、ドクターと交渉して三日間に短縮してもらった。滞在日数が限られているので、一日も早く仕事がしたかったからだ。

ライオンの事故の後、再びコラに戻った私の行動を、日本の友人達ほとんどが例外なくバカだと言って怒った。例外があるとすれば、怒るのではなく、笑った。

でも、今回のアフリカ行きは、予防のための注射や投薬が沢山あり、防疫のための準備だけでも一ヶ月あまりかかっていた。飛行機に乗っている時間だけでも25時間近い。
やっとの思いで目的の地に到着した当日に事故に遭い、これでそのまま帰ってしまったら、私はただライオンに咬まれるためだけに遠路はるばるやって来たことになる。

それでは沽券(こけん)に関わる。

もっとも、“ライオンの部” の次に、“ヒョウの部” があると知っていたら、いくら私でも早々に日本に逃げ帰っていたのだが……

さて、“ヒョウの部” はライオンに襲われてから10日後、ジョージの弟子のトニーのキャンプが舞台だった。当時は四十歳で栗色の髪を風になびかせ、魅力的な瞳をした男性で、かつてターザン映画に一度だけ主演したことがあるらしい。彼は保護したヒョウを野生に帰す仕事をしていた。

 

トニーは人恋しいのか、毎晩私達のキャンプに現れ「私のテントにも来てくれ来てくれ」と、ディナーに誘う。特に女性の私にはとても積極的だった。
(マーそれはそうでしょうね)( ‘-‘ )
わざわざセスナ機でナイロビまで出なければ、何ヶ月も女性に会えない。ついに根負けしてスタッフ全員で出かけることになった。

四メートルの高いフェンスに囲まれた彼のテントは、アフリカン・ミュージックが鳴り、華やかな雰囲気に満ちていた。ディナーは、鶏や野菜を焼いたり茹でたりしてゴロンとお盆に載せたもので、サーブするのは現地の人。トニーは、私に帰られては大変!と一瞬でも話が途切れないように喋り続ける。

「トモ子、いいものを見せてあげよう」

トニーは私の手をしっかり握りしめ、ダイニング・テントを出る。
(星空でも見せてくれるのかしら?)
真っ暗闇の中、懐中電灯が照らし出したものは、何か非常に大きな動物だった。

!?!?!?

光に気付いたソレが、こちらを振り向く。

「ヒョウだ!」

いつの間にフェンスを乗り越えて来たのだろうか?うなり声を発しながら近づいて来る。
私の前でピタリと止まり、伏せの体勢になった。
目と目が合う。
大きな金色の目だ。

ヒョウの瞳孔がキュッと細くなる。

「アブナイ!」

トニーが私を庇うより一瞬速く、ヒョウは私に跳びかかり、体当り!
身体が宙に浮きドサッと落ちたところにヒョウがのしかかって、後ろから私の首に咬みついた。

ガリガリガリ!

骨が砕ける音を、私は右の耳で聞いた。
この時、自分は死んだ!とはっきりそう思った。
意識が消えた。

それから果てしない時間が過ぎた。でも、実際はほんの一瞬だったと思う。

 

気が付くと、目の前は真っ白で、ただヒョウの荒々しい唸り声と息遣いだけが聞こえてきた。鼻先に獣の臭いがする。温かい息が右の耳にかかる。私の身体はすーっと軽くなり、空を飛んでるみたいな気分だ。

サテ、その間、日本人のスタッフは何をしていたのか。

1)トモ子の姿が一瞬見えなくなった。
2)次にトモ子の姿を見たら、トモ子がヒョウを背負ってた。
3)???

背負うわけないじゃないか!!!

ヒョウが私を首をぶら下げたまま、トットットッ…… ダイニング・テントに入って来たのだ。スタッフは目の前で起こっている事実を受け止められなかったらしい。

「大変だ!」

その間、トニーはヒョウの口を手でこじ開けようと必死だったらしい。ディレクターは、私を前から抱きかかえ、ヒョウの頭を殴る!カメラマンはヒョウの背中を力いっぱい叩く!三人がかりだ。

しかしヒョウは私の首をガブリとかじりついたままで離れない。カメラマンが下駄を脱いで、それでヒョウの腰あたりを力いっぱい叩いた(彼は何故下駄を履いていたのか。その時彼は水虫だった)。やっとヒョウは私の首を離したが(もしも彼が水虫でなかったら……私は死んでいたかも知れない)私の首はグラグラになっていた。

「深い傷だ」

ベッドに運ばれた私は、そんなトニーの言葉を夢うつつの中で聞いた。傷口からは噴水のように血が噴き出している。

血でビショビショになったTシャツを誰かが真ん中から引き裂き、シーツでくるんでくれたが、そのシーツもすぐ真っ赤に染まった。ハンマーで直接骨を叩かれているようで、身体が割れてしまいそうな、ものすごい痛さだ。

「フライング・ドクタープリーズ!フライング・ドクタープリーズ!」

トニーが無線で何度コールしても応答がない。
トニーの声が荒々しくなる。私は段々気が遠くなってくる。
シーツは何枚取り替えてもすぐにグショグショになった。

やっと無線が通じた!

「トモ子がまた咬まれた!」

(またとは何ダ)

「大変シリアスな傷だ。すぐ飛んでくれ!」

「もう遅いよ。明日にしてくれ」

「ヒョウにやられたんだ。出血が酷い!」

「明日、明日、今日は飛べないよ」

このまま放っておかれたら私は死んでしまう。目で必死に頼むと、トニーが無線のマイクを渡してくれた。

「ドクター」と私。

やっと声のようなものが出た。

「お願いです。このままでは死んでしまいます。飛んでください」

「……」

「フライング・ドクター、プリーズ。飛んでください、プリーズ」

「……」

ちょっとでも気を緩めると、意識が薄らぐ。
命の綱のフライング・ドクターは、この真っ暗闇の中、飛んでくれるや否や……

続きは、乞うご期待