眉間に傷のある大きなライオンの顔が目の前いっぱいに広がった。
危ない!
私は空中に跳ねあげられ、大きな弧を描いて空を飛んだ。
何が起こったのか一瞬分からなかった。
「ギャーッ!」
ものすごい叫び声は私のものだったろうか。頭と背中と足に焼けつくような痛みが走り、その後のことはまったく覚えていない。
撮影スタッフの話によると、目の前をスーッと赤いものが横切った。その日の私のサファリ・スーツはオレンジだった。私はライオンに頭をくわえられて十メートルほど引きずられ、ライオン七頭の群れの真ん中に投げ出されたのだそうだ。
ライオン達は輪になって眺めていた、想像するだに恐ろしい光景だ。
細っこい私を見て「食べてもいいのかしら?」「これは何かしら?」とジャレていたらしい。
猛獣にジャレられていた私は、たまらない。
でも事前にラクダの肉の塊を食べていてくれてよかった。
どんなに不味そうでも、ハラペコなら食べられていた……かもしれない。
「ジョージ!ジョージ!」
スタッフが叫んでくれたらしいが、ジョージは八十歳、耳が遠く聞こえない。
「ジョージ!」
何度目かの叫びでジョージがライオン達を追っ払ってくれたという。
「トモ子から目を離すんじゃなかった。トモ子から……」
繰り返し叫ぶジョージの声で、私は気がついた。頭から生温かいお湯のようなものがドクドク流れ出し、目も開けていられない。
私を助手席に乗せジョージの車が飛ぶように走り出す。撮影スタッフが、頭の傷口を手でしっかり押さえてくれるが、車が揺れるので出血は一向に止まらない。
どうしよう。着いた日に怪我するなんて。番組収録が出来ていない(けなげな、わたし)
痛みの中、そんなことを考える。スケジュールの予定が狂い、ディレクターに申し訳ない……
キャンプでは、皆が心配して待っていた。
松明の灯される中、担架のようなものの上で応急処置が施される。頭と背中、足に傷があるとのことだ。ジョージの使用人達が心配そうに覗き込み、何本もの手がのび、あっちだこっちだと手当てをしてくれる。皆、現地の人達だ。
ジョージが無線で連絡をとってくれたフライング・ドクターは、夜明けを待ってナイロビからセスナ機で飛んでくれることになった。
その夜は、ジョージのベッドを借りて休んだ。自慢のサファリ・スーツは、血でどす黒くなり、ライオンの爪か牙でズタズタに切り裂かれている。
(あー、私が昆布のように裂かれなくてよかった)
スタッフのTシャツを借りてパジャマ代わりにする。ジョージは外の寝椅子に寝ている。
真っ暗闇の中、遠くから不気味な咆哮が聞こえる。私を咬んだライオンだろうか。傷の痛みと恐怖感で、目を閉じると、大きなライオンの顔が迫ってくる。
なんと慌ただしい一日だったろうか。
コラでのことが走馬灯のように目に浮かぶ。
翌朝、フライング・ドクターでナイロビホスピタルへ、10日後、また、ヒョウに襲われる。
世紀の惨状の様子は、また次回……(まだまだ引っ張る)