何だ。このタイトルは?と思われるでしょ?

 

実は永六輔さんが私を紹介する時、

 

「今日のスペシャルゲスト、ライオンの餌・松島トモ子!」

 

初めての時は流石にびっくりして、ステージの袖で、立ちすくんだ。餌になったら生きていないじゃないか!

 

永さんとの出逢いは、六十年位前、早稲田の学生のかたわら、アルバイトで舞台監督をされていた。当時の私は子役の大スター?(笑)

 

永さんが時代の寵児になられてからも、よくお逢いした。永さんは私の心の父、話芸の師匠だ。

 

「トモ子、自分が見たり聞いたりしたこと以外は、書くな。しゃべるな。自分の足で行ってみてこい。嘘はいけない。多少のふくらましは許す」

 

何年か前大腿骨を骨折され、入院から二・三ヶ月後、歩き方の練習から始めた。人間はしばらく歩かないと歩き方を忘れてしまうようだ。足の踵をつけてから、爪先へ徐々に体重を乗せ、右から左へ。普通にやっていたことをわざわざ指令によって動かすのは大変だ。

担当のミャンマー出身の介護士は大変厳しく

 

「前屈みにならない。上を向いて、上を向いて、上を向いて歩くんです」

 

ちょっと嫌な予感がしたそうだ。

 

「あっ!日本にはいい歌があります。日本人なら誰でも知ってます。『上を向いて歩こう』知ってますよね」

 

とミャンマー君。永さんは、

 

「知りません」

「じゃ、僕が教えます。一緒に歌いましょう。イチ、ニ、サン、ハイッ」

 

元気に歌うミャンマー君。病院の外来にまで手を引かれ、トボトボと『上を向いて歩こう』をつぶやく永さん。患者さんたちはおいたわしやと皆、目を伏せる。

 

後日、その話を主治医にすると

 

「一生懸命働いている若者です。嘘をついてはいけません。本当のことを言ってやってください」

 

永さんはミャンマー君に

 

「ごめんなさい。あの歌、本当は知ってました」

「そうでしょう。知っていたでしょう。日本人なら誰でも知っています」

「本当はね。僕が作ったの」

「また嘘ばっかり」

 

舞台ではここで大爆笑。

 

永さんのお話はいつも面白い。どこまで本当かはわからない。介護士の国名も毎回違う。小さなことが雪まろげのように大きくなったりするのだ。

 

この話のネタ元が分かった。永六輔さんのご長女、永千絵さんが書かれた本、『父「永六輔」を看取る』(2017・宝島社)。

 

ご家族は永さんのことを本名、孝雄君と呼ぶ。病院の廊下を永さんが背中をまげて前を歩いている。

 

「孝雄君!上を向いて、上を向いて歩こうよ」と千絵さん。

永さんギョッとして立ち止まる。

 

これだけの話。ナーンダ。

ミャンマーはどこいった。雪まろげどころか、巨大な雪だるまだ。

 

マー永さんて、こういう人です。

 

松島トモ子