松稔の芸能裏話(9 8) ホリプロを辞めて理由
僕達をスカウトしてくれた、S部長が自分で会社を興してホリプロを辞めてしまった。
それで、S部長の部下であるT氏がお笑い部門の責任者になった。
S部長がいた時は、あまり口出ししない人だった。
僕にも「ホロプロには、お笑いが分かるものが誰も居ませんので、松さんの力でお笑い部門大きくして下さい」と低姿勢だった。
それが、S部長が辞めてから、手のひら返すように態度が変わってきた。
お笑いのネタ見せは、毎週日曜日の朝10時~夜の10時まで、すべて私がネタ見せをして、
手直しやネタの作り方を教えていた。
それに対して、講師料が貰える事もなく、今思うと上手く利用されていた。
僕達はギャラなので、固定給は貰っていない。
日曜日は、いちばん営業が入る日なのに、それを犠牲にされていたのだ。
ある日曜日、いつもと同じように10時にホリプロの稽古に行った。
すると、新しい女子マネージャーが、「今日は私がT氏の代わりです。」と云って、
T氏とマネージャーSは来ていなかった。
僕達は営業の日も犠牲にして、教えに来ているのに、TとSは日曜日だからといって休んでいる。
あまり腹が立ったので、女子マネージャーに
「TとSが来ていないのだったら、ネタ見せは出来ない。すぐ呼んでくれ」と言った。
『それは出来ません』「だったら、みんな帰っていい、僕が責任取るから」と云って帰らした。
次の日T氏は『何故、昨日ネタ見せしなかった』「あんたらは、社員やから日曜日休ん
でも給料は入ってくる。僕らはギャラで生活しているんです。
そのギャラが稼げる日曜日を犠牲にして、教えに来ているのになんで、
担当のマネージャー来てないのにやらなあかんの、僕らは生活あるので日曜日ネタ見せは出来ません。」と云ってやった。
お陰でネタ見せ日は、毎週木曜の夜6時から10時に変わった。
Tの傍若無人ぶりは、益々ひどくなって来た。
フジのドキュメンタリー番組で、ホリプロのお笑いが取りあげられた時だった。
Tは、ひかる(D倶楽部U夫人)のネタ見せの時、ネタの出来が悪かったから台本で頭を殴った。
それはテレビに映っているのを意識して、いかにも私はお笑いの敏腕プロデューサーです。
という所を見せたかったのだろう。
そして、Bディ(Sまーず)の時は、ネタ帳を破り捨てたらしい。
僕らは、屋上で稽古していてその現場を見ていなかったが、いくらネタの出来が悪いからと言って殴ぐったりしない。
それにどんなに面白くないネタ帳でも、本人にとっては大事なネタ帳、それを破くなんて
最低な人間だ。
普段は僕がダメ出しをしているの、テレビが来た時は、えらそうにお笑いを
昔からやっているかのように、私の言葉を受け売りしていた。
その事があって以来、この人には付いていけないなと思った。
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