【出雲の封印のこと】 | キセキを紡ぐ Rut of hope

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光の粒を食べて生きていけたら素晴らしい

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旦那と娘は家庭内冷戦中。

旦那は子ども時代(高校生くらいまで)親と過ごしてないので、

自覚がないけど感情が変。

 

娘に対して「うんざりする」とか平気で口にする。

私にも言うけど嫁に言うのはまだ分かる、けど子どもにそんな感情が出るのは考えられない(私だけ?

 

実の親にも凄く気を使ってるのが分かる。

私の親との方が気楽に接してて楽しそうだったのを思い出す。

 

ちゅーことで、

チヒロサトさんのFacebookより転載させていただきます。

いつもありがとうございます。

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 【出雲の封印のこと】

 

インナーチャイルドを解放するワークショップを、公開でやろうと思ったのは、インナーチャイルドが封じ込められている原因をたどっていくと、集合意識的な封印に行き着くことに気がついたからだった。ある一人の人のインナーチャイルドを解放しているのに、結果的に集合意識的な封印も解くことになる。それならば、大勢でやって、皆で封印を解いていったら、集合意識がどんどん解放されていくんじゃないかと思った。

 

それに、ある一人のインナーチャイルドを解放しているのに、参加している人たちも、やはりどこかに同じ封じ込めを抱えているので、同時に解放されていくのだ。だから、誰にでも参加してもらって、その解放を共有していくことができると思った。

 

このツォルキンの終わりまで、週一回、全部で7回の公開ワークショップを企画して、毎回一人ずつ被験者を募った。その第一回の解放ワークで、何と出雲の封印を解くことになったのだ。毎回何かしら特別なワークになるだろうという予感はあったけれど、この展開には私もかなり驚いた。

 

これまでいろいろな人のインナーチャイルドの解放ワークをやっていて、ある種の典型的なパターンがあることに気がついた。家族の中で虐待があったり、親が妙に子供に無関心だったり、子供の扱い方を知らなかったりということがある。親に放置されたり虐待されたりして育った子供は、まるで感情がどこかへ行ってしまったかのように、子供時代の記憶が妙におぼろげだったりする。記憶はあっても、まるで自分のことではないかのように、遠くから見ているような感じの感覚しかないこともある。

 

親が子供に妙に無関心で、虐待と言えるくらいに放置しているような場合は、まず親自身がかまわれないで育っている。自分がかまわれないで育っているから、それが当たり前だと思っているのだ。それで、虐待とも思わずに、虐待になるようなことをしている。そういう風に育った子供は、怒りや悲しみを感じるというよりも、妙な無関心があって、感情が消えてしまったような感じになっていることがある。

 

ところで、その背景に、男尊女卑の伝統があることがよくあるのだ。父親が母親を虐待していたり、母親が姑にこき使われたり責められていたりする。しかし、虐待されていながら、実は母親の方がしっかり働いて稼いでいて、父親の方はブラブラしていたり、あるいはうだつが上がらなかったりということもある。

 

そういう家族関係は、代々引き継がれていくことになる。そういう場合、家族をリーディングしていくと、何百年か何千年か前に、かつてその土地が支配されていった歴史の記憶が出てくることがある。第二次世界大戦のこともあれば、明治時代のこともある。あるいは、古代まで遡ることもある。

 

九州など男尊女卑が強い土地は、歴史を遡ってリーディングしていくと、かつて女性が強かった文化が弾圧されていった歴史が出てきたりする。これは意外なイメージなのだけれど、九州はやはり何と言っても卑弥呼の国なのだ。女性が呪術的な力で国を治めていた土地だ。

 

沖縄では、結婚して子供を産んだ女性たちが神女になって、祈りの力で海に出る男たちを守っている。こうした女性たちの祈りの力が、古代の男たちを無敵にしていたのだ。だから、大和朝廷は、縄文民族を征服するために、女性たちが祈りの力と繋がっている磐座を封じ込め、女性たちを弾圧した。それで、縄文民族の男たちは、女性たちを表に出さず、力を使わせないようにしなければならなかった。それで、女性が持つ霊的な力を、邪悪なもの、穢れたものだとして、押し込めていくことになった。そうした伝統が代々続いていって、あるときからもう、どうしてなのかもわからなくなっていく。それでも、そうしなければいけないという記憶だけがずっと残っていくのだ。そしてそこには、それを守らないと、支配権力にひどい目に遭わされるという潜在的な恐怖がつきまとっている。その恐怖感が、土地の男たちに、理不尽に残虐な行動をさせていることがある。

 

最初の公開ワークショップの被験者をやってくれた人は、子供の頃、母親が仕事で忙しくて、ご飯も作ってくれなかった時期があったというのだけれど、そのお母さんは市議会議員を務めたりする地方の政治家だった。何だって子供をそんなに放置するのかとリーディングしてみると、どうもお母さんも家族の中でかまわれないで育っていて、親子の愛情関係というものを知らないようなのだ。家族の中で認められたり愛されたりしたことがないので、外で何か特別なことをすることで、認められる感覚を満たさなければならないようだった。

 

家族が無関心で、満たされないから、外で何か特別なことを成し遂げることで、その満たされない感覚を満たそうとする。そこには、孤独感と、見捨てられた悲しみと怒りが表現されないまま、根底にある。こうした癒やされない恐怖や悲しみの意識は、まさにそうした現実を引き寄せてしまうことになる。それで、認められたくてがんばればがんばるほど、孤立していくことになる。

 

ところで、彼女の母方の実家は、松江の宍道湖の南にある玉造というところだった。ここには温泉もあり、山から瑪瑙が出るので、勾玉を作っていた。玉造という地名は、そこから来ている。グーグルマップの衛星画像を見ていると、その南の方にある山が封じ込めがあるような重たさを感じる。そこに何があるのかと探していたら、忌部という村がある。忌部といったら物部のことで、もともとはニギハヤヒの系統だ。大和朝廷に国譲りと言って降伏してから、物部とか忌部とかいう名前で呼ばれるようになり、日本中のあちこちで縄文民族の聖地を封印してまわっていたようだ。

 

忌部という地名があるということは、何らかの封じ込めをした歴史がある痕跡のように思える。すると、そのあたりの山の中に、スサノオの磐座というのがある。どこに山があるのかと思って探していたら、八雲山と書いてあった。何と、八雲山だ。出雲大社の後ろにある山が、八雲が出るというので八雲山というのだけれど、玉造にも八雲山があったのだ。

 

八雲山があり、そこにスサノオの磐座があり、忌部という地名があり、しかも瑪瑙が出て、温泉が出て、宍道湖に注ぐ川の水源になっているのだ。ヤマタノオロチ退治の伝説になっている山は、実は出雲大社の後ろの山ではなく、ここだったのかと思った。実際、そういう説もあるそうだ。

 

出雲大社の後ろの八雲山は、封印を解こうと思っていろいろ探ってはいたのだけれど、どうもはっきりとした手応えがなかった。玉造の八雲山の衛星画像を見ていて、これだと思った。これこそは封じ込められたヤマタノオロチだ。スサノオのヤマタノオロチ退治とは、8つの頭を持つ大蛇ではなく、一つの聖山から四方八方に出ているレイラインのことだとも取れるし、そのレイラインを繋いで力をもらっていた山のまわりの8つの部族の頭(かしら)のことだとも受け取れる。

 

ヤマタノオロチを退治するのに、8つの酒樽を用意して、酔っ払ったところで頭を斬ったとは、実は8つの部族の首長を宴会に招待して、強い酒を飲ませて、酔っ払ったところを斬り殺してしまった話だという説もある。実際、大和朝廷は、縄文民族を征服するのに、そのような卑劣な手をあちこちで使っている。古事記では、熊野のニギハヤヒが国譲りする前にも、伊勢のあたりでそのような話があった。戦って守っていた男たちの首長を殺されてしまって、大和朝廷に降伏することになったのだ。

 

こういう土地には、土地を守っていた神女たちを守れなかった男たちが、無念の思いで亡くなった記憶が強く残っていたりする。こういう土地の男たちが、女性たちに理不尽な暴力をふるうのは、実は罪の意識のせいなのだ。女たちを守らなければいけなかったのに、守れなかった。それで、女たちが怨んでいるような、責めているような気がしてしまうのだ。どうしてなのかもわからないのに、ただ責められているような意識だけが残っていて、それで自己弁護しようとして暴力をふるってしまうことになる。こういう男たちは、自分が女性たちを守れなかったという罪の意識を現実化してしまうので、うだつが上がらなくて家が貧乏だったり、お酒やギャンブルみたいなことに散財してしまったりしてしまう。

 

このような場合は、土地の封じ込めの歴史をまるまる変えてしまうしかない。それで、代々継がれてきた負の連鎖を丸ごと解放してしまうわけだ。それで、玉造の八雲山の衛星画像を使って、この土地のエネルギーにアクセスして、山の中に封じ込められている存在に出てきてもらうことにした。その場に自分がいるようにイメージすると、どんなに遠くても、ちゃんとエネルギーにアクセスするのだ。それで、それぞれ何が見えたか言ってもらった。

 

下の方から地熱を感じるような熱さがあって、弁天のような女性的な存在が現れたようだった。ここで女性たちは、瑪瑙の玉を使って、世界を調和させ、豊かにしていたようだった。出雲では、瑪瑙で勾玉を作っていたというけれど、勾玉ではなく玉なのだと言っていた。勾玉は、陰陽のような二極対立の徴だけれど、玉は多極的な調和の世界だ。生態系が、どちらが勝ったとか負けたとかでもなく、互いにバランスを取り合って、網の目のように大きな調和を作り上げているように、世界はもともとは玉のように全体として調和しているのだと。

 

瑪瑙は水の要素なのだとも言っていた。何のことだかわからなかったけれど、とにかく水だというのだ。水は女性性の要素でもある。それが玉になっている。玉は子宮の象徴でもある。その力が八雲山で、その力が山から四方八方に広がり、あたりの土地を豊かにしていたらしい。それがヤマタノオロチのように、山の中央から白い光のように出ていた。それは8つの頭を持つ白龍のようでもあり、白蛇のようでもある。

 

温泉が出て、瑪瑙が出て、山の幸海の幸があり、このあたりの土地は、もともととても豊かだったのだ。宍道湖は、古代には海だったという説もあり、だとすると玉造は、湾になった格好の港だったということになる。おそらく古代には、縄文の海人族たちが、そこから朝鮮半島やロシアの方にも渡っていたのだろう。その男たちを守っていた力が、この八雲山の神女たちだったということになる。

 

その力が解放されたら、そのあたりの土地がジメジメと重かったのが、とたんに明るく陽気な感じになったように思えた。土地の代々の女性たちも、鬱屈した感じがなくなって、晴れ晴れとしているように思えた。

 

すると、彼女のオーラもすっかり変わっていて、内から光が射しているような感じになっていた。インナーチャイルドは、やはりどうも身体の外に出ていたようだったのが、戻ってきていて、しかも身体より大きくなって、身体を包んでいる感じだと言っていた。他の参加者の顔も、まるで古代の女神のようにふくよかな丸い感じになっていて、白い暖かな光に内から輝く玉のように見えた。とても穏やかな愛情。それは、人から人へと流れていき、関係を潤すものだ。まさにそれが、土地のエネルギーに欠けていたようなのだ。

 

ワークショップのあとで、玉造の瑪瑙の画像を探していたら、ここの瑪瑙は碧玉といって、青い石が出るのが有名なのだそうだ。瑪瑙といったら朱色か緑だと思っていたけれど、青だったのだ。それで瑪瑙は「水」だと言っていたのだと納得した。

 

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画像は、

八雲山の衛星画像。

 

ワークショップで使った玉造

 

玉造の碧玉。

 
  

 

  

毎週どこかで上映会⇩

 

 

 

 

 

 

 

表紙と挿絵を描かせていただきました↓↓

 

 

 

表紙と挿絵を描かせていただきました↓↓

 

表紙と挿絵を描かせていただきました↓↓

 

表紙と挿絵を描かせていただきました↓↓

 

 
 

 

 

え?